2007年02月17日

豪雨の前兆 34

黒崎@豪雨の前兆 34
「傾く水」


「Wikipedia:削除依頼/松永英明20070212」にこんな意見が追加されていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E20070212

○(コメント)私のブログを指して「単なる個人攻撃に終始している」というご意見があるようですが、私は「現役アーレフ信者であった松永英明氏が政党の懇談会に参加していた」という事実について自ブログ内で分析しているだけの事です。もちろんそのことについて「個人攻撃に終止している」という批評があっても構わないのですが、批評者は利用者:松永英明と項目松永英明の区別を明確にして下さい。--鮫島恭太郎 2007年2月15日 (木) 16:18 (UTC)

○(コメント)いくつかの部分では削除が妥当かもしれないが、著書を出している点で著名活動をしていると考えられ、全削除には反対します。--経済準学士 2007年2月15日 (木) 16:21 (UTC)

○(存続)著名人につき全削除の必要はなし。なお、過去に本人が公開した実名が掲載されているのであれば、記事の特定版削除も必要ないと思います。--Nonki 2007年2月16日 (金) 04:56 (UTC)

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一方、2月12日の段階で
○(削除)著名でない。基本的に、記事としての松永英明と利用者:松永英明はわけて考えてくださいな。また、Wikipedia上で誰が活動しようとも、それらは他のユーザーと同じに扱われるべきです。例外はジンボくらいです。--ゆきち 2007年2月12日 (月) 16:15 (UTC)
という意見を書かれた方を辿ってゆくと、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:Yukichi99
「ゆきちさんによる不適切な投稿等についての事後措置、及び、質問への回答のお願い」などとあって、なかなか議論になっている。

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いずれにしても、ここでの論点のひとつは「記事としての松永英明と利用者:松永英明はわけて考え」る(ゆきち氏発言)、同「利用者:松永英明と項目松永英明の区別」(鮫島氏発言)である。

これは、松永氏が言う「さらに現実生活において多大な影響を及ぼす」、または崎山氏が「ノート:松永英明」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E
で主張する「過去に教団に在籍したという実績と戸籍名の結び付きがWikipediaのように他から信頼されるソースとして参照されうる場所で記述され続けた場合に生じうる本人の私生活上の実害を考えれば、書くべきではない」(崎山氏発言)とはある意味で真っ向から対立する概念と言えようか。

分かりやすく言えば、Wikipediaは、「項目記事としての松永英明」を正確なものにすることを第一義に考えるのか、「利用者としての松永英明」の主張する各種都合を優先するのか、という問いになってゆく。

言い換えれば、記事としての正確さと中立性を重視し「Wikipediaのように他から信頼されるソース」(崎山氏発言)であることを維持するか、記事中の登場人物の私生活の事情を勘案し、例えばこの場合のように、本人が不都合と主張した項目全体の削除を認めるのか、ということにもなる。

つまりWikipediaの自律性と中立性、そしてその正確性の維持が原則的なところから問われているのである。
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2007年02月16日

豪雨の前兆 33 松永氏、Wikipedia編集権剥奪などを提起される

黒崎@豪雨の前兆 33 松永氏、Wikipedia編集権剥奪などを提起される


「松永英明が自身のブログで言及する「野田敬生」」(ノート)のところが、興味深いことになっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E9%87%8E%E7%94%B0%E6%95%AC%E7%94%9F

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○現在本人によって削除依頼が出されている松永英明のノートに、3点の質問を書いた。項目松永英明と項目野田敬生は、Wikipediaの中立性をはかる重大事である。松永英明に言いたいことは「あなたと野田敬生との対立にWikipediaを巻き込むな」ということである。鮫島恭太郎氏、Shikine氏、崎山伸夫氏、元諜報員氏、よっちゃんいか氏の意見はいかがですか?
--バタケン 2007年2月13日 (火) 14:33 (UTC)

○先ほど気づきましたが、松永英明のノートに、以下の書き込みがありました。
(コメント)現在の依頼理由(「著名人とはいえない」)の場合、松永氏の現状に大きく変化が無ければ、削除後の記事作成は即時削除の理由となるように思います。つまり、「一旦削除して作り直す」というわけにもいかない。--崎山伸夫 2007年2月13日 (火) 18:51 (UTC)

私の松永英明への3点の質問は、同時に鮫島恭太郎、Shikine、崎山伸夫、元諜報員、よっちゃんいか各氏へも向けております(上の2007年2月13日 (火) 14:33です)。それをご覧になって上記2007年2月13日 (火) 18:51 の書き込みをしたとすると、私の質問に対する崎山氏の答えと受け取っていいわけですね。
それなら松永英明が自分は無名といいながら、対立する野田敬生の項目を立ち上げたことについて崎山氏の見解の説明が必要です。 松永英明より野田敬生が著名であるという根拠を、崎山氏は示してください。
それとも、私の疑念とは逆に、崎山氏の考えでは「だから松永英明を削除してはいけない」ということでしょうか?
--バタケン 2007年2月15日 (木) 13:59 (UTC)

個々の投稿者の動機について詮索しても意味がないと思いますし、また、動機云々ではなくて、あくまでも個々の記事がWikipediaにおいて存在するのにふさわしいか、という観点で、それぞれ独立して考えるべきものだと思っています。引用頂いた部分は、元諜報員氏が、記事をいったん全削除することで仕切り直しする方向で提案していることについて、今回の松永氏の削除依頼に基づいての削除の場合は仕切直しは困難(削除したままになる)ですよ、ということを指摘しているに過ぎません。松永氏の削除依頼それ自体については、現時点では私は態度表明はしていません。なお、松永氏と野田氏のどちらがより著名か、という質問については、活動領域が異なるので比較しようがない、と思っています。--崎山伸夫 2007年2月15日 (木) 15:54 (UTC)

○「あなたと野田敬生との対立にWikipediaを巻き込むな」というバタケン氏の見解に賛同します。松永英明氏の項目野田敬生における投稿スタンスは中立性を欠くものであり、今後もこのような事が続くようであれば、編集権の剥奪を含め、何らかの処置が必要になってくるでしょう。項目松永英明の削除依頼それ自体については事実関係を分析した上で後日態度を表明します。
--鮫島恭太郎 2007年2月15日 (木) 16:01 (UTC)

○なるほど、崎山さん。丁寧なご回答ありがとうございました。読ませていただいたところ、いくつか思うところもあるお返事ですが、機会があれば、タイミングをはかって表明させていただきます。--バタケン 2007年2月15日 (木) 16:21 (UTC)

○鮫島さん。丁寧なご回答ありがとうございました。先ほど上記の崎山さんへのお礼を投稿したところ、競合(?)とかいうので、書き込めませんでした。どうやら同じタイミングで投稿したということでしょうか。--バタケン 2007年2月15日 (木) 16:21 (UTC)

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太字は黒崎。
バタケン氏がどういう方は分からないが、通天閣の上にある「ビリケン」を想起させるハンドルネームである。
鮫島というのは、鮫のヤローである。どういう奴かは知っている。

さておき。
崎山氏の返答も一見もっともなようにも思えるのだが、今回はやや説得力が乏しいように思える。
というのは、Wikipediaでは以下のように規定されているからである。
「○いかなる種類の宣伝(プロパガンダ)や擁護の場でもありません。
あなたが支持する人物や団体、思想や信条を宣伝するためにウィキペディアを利用してはなりませんし、逆に対立する相手や不愉快なものを非難・攻撃したり、あるいは読者を扇動するためにウィキペディアを利用してもなりません。もし、本当にあなたの主張を他の人々に広めたいなら、例えば外部の電子掲示板やブログをご利用ください」
#「豪雨の前兆 19」ウィキペディアとは何でないか。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/33292078.html
これは、記事が書かれるその動機を勘案することでもあった。
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2007年02月15日

豪雨の前兆 32

黒崎@豪雨の前兆 32
「かれらの因縁」


遠く近く関わってきているので記録しておく。
昨日遅く、BB氏のところに書き込まれたsakichan(崎山氏)の指摘の抜粋。
http://d.hatena.ne.jp/BigBang/20070212#c1171380677
一部編集。
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○ sakichan 『(略)
ここはとても有害なので一言。
少なくとも日本の法体系のなかでは、平穏な活動としての政治的自由というのは、無限定のもののはずであって、○○に属しているから、という制約はないですし、あるべきでもないでしょう。

とはいえ、(秘密投票の類を除けば)政治や政治についてのコミュニケーションにかかわるというのは、具体的に他人を巻き込みうる行動ですから、そういう場にかかわる信義の問題として、ああいう席で現役信者っていうのを伏せて参加したのってどうなのよっていうことは問題としていいのだとは思うんです。とりあえず、隠れた目的(hidden mission)があったんじゃないのと疑うこと(疑い続けること、ではないことに注意)、あとは、その疑いが晴れても、「李下に冠」となる行動をとったことについて批判すること、そういうのは許容されるとは思う。そして、そういう批判についてどう応えるか、ということで、今後松永氏とどうコミュニケーションしていくのか、あるいはコミュニケーションしないのかといったことを決める自由は全てのひとにあるのだと思う(なお、ある人の行動をみて今後の対応を決める自由がある、というのは松永氏のみに対して全てのひとが特権的にもつ権利ということではなくて、万人が万人に対してもつ権利であって、ここではそれを具体化しているだけ)。
でも、それを「公共」までもっていくのと、「政治参加」全体にまで広げるのは広げすぎです。』

○ BigBang 『>>sakichanさん
ども。価値が無くてすみません。笑
>「政治参加」全体にまで広げるのは広げすぎです。
どうも、ことのはを超えた議論になっていますが、政治参加全体に広げる意図など僕もありませんよ。ただ「カクマル」「と「チューカク」という例が出たので、その団体に対して反応しているだけ。(ああ、もう何回書いたことか w)』

○ sakichan 『お分かりでないですね。「革マル」であろうが、「中核派」であろうが、その構成員の「政治参加の自由」という、国家に対する自由権は平等にあり、そして、それはそうあるべきです

彼らとつるみたくない人々をだましうつものであってはならんだろうという、民民問題としての信義は問題にしていいですが、それを「公共」や自由の制約という話にエスカレートさせてはいけない。

どうして突っかかるかというとですね、その昔、盗聴法反対運動というのがありまして(無くなったわけじゃないですが)、法案成立直前の時期は、ほとんどありえないレベルの大同団結があり、とあるオーガナイザーの精力的な働きかけの結果として、共産党を含む総野党と、(左派系)市民団体と、ほとんど全ての新左翼党派がひとつの集会に集まる、という状況が生まれていました。まぁ、共産党や党派は内輪に都合の悪い人達については機関紙で説明を避けていたりするぐらい微妙でしたが。あと、革マル系と言われる団体を事務局が「盗聴やってる団体だから」と参加許否したら角マル側が「中核派ふざけるな」とゴネて揉めるとか、細かい話もありましたが。ともかく、個別の政治的な運動において互いの支援を前提しない「共闘」という場において、その相手に政治参加の自由が等しく存在している、ということは場の前提です。その場の端っこにいた私としては、BigBangさんの主張には強い違和感を抱きます。

余談ですが、私が放置している一番古いサイトのトップページにはいまだに関連バナーがあり、そのデザインは「河上イチロー」によるものだったりします。「河上イチロー」は、その一連の活動にhidden missionがあったか無かったかを、最終的に自由な立場では明らかにすることなく消えたので、そういう面で私も松永氏の自分史は待っていますが、「書きながら公開」である必要はないとも思います。

さらに余談ですが、前記の「ありえないレベルの大同団結」が、もはやありえないことになった理由のひとつは、その盗聴法案の反対運動に深くコミットした宮崎学氏が公安調査庁のスパイでした、という、大きいhidden missionの持ち主であったことが表に出たことでした。それに先立つ公調資料流出から、公調が「過激派」のみならず、通常は平穏な活動を行っていると解釈されるような市民運動全般にまで監視の網を広げていた(これは、公調の設置目的からして問題ありです)ことがすでに明らかになったことが問題を大きくしました。それに対する各党派や市民団体の対応の差があったなか、最終的に問題を明らかにすることに奔走した市民運動家(元中核派ですが当時はすでに完全に離脱)が襲われて重傷を負い、それが中核派によるものと疑われたことによります。なお、野田氏は「宮崎学の副担当」として、公調を辞める前に宮崎氏を知っていて、それゆえ当初から宮崎氏の行動動機を疑っていて、それが、宮崎氏と「河上イチロー」の間の関係を(過剰に)疑う理由のひとつになっていました。そういうことから二人の折り合いは悪いというのはあまりに余談ですね。』

○ BigBang 『どうも。参考になる話をありがとうございます。ですが、「私の主張」とおっしゃっているものが、現行の公安を支持しているものと受け止められているとすれば違いますね。私は現在の状況認識を書いています。
>この公安の姿勢を問題にし、批判する自由ももちろんあるし、誤解されないように願うが、私はこの公安の姿勢を支持しているわけではない。公安もまた厳しく我々によって監視されるべき組織であるからだ。
と記していると思います。そこから先は、個々のケースで判断したいと思います。』

○ sakichan 『いえ、状況認識としても間違っていると思います。また、公安調査庁の監視活動は、そもそも違法であるとするだけの証拠を集めて訴訟を起こすこと自体が困難ですが、それでも、野田氏が国賠訴訟で一部勝訴する程度には、違法と認定される活動があったと認定されています。その活動は、公調のアーレフ立入調査に対して野田氏が撮影したビデオの公開を阻止する目的であったことが国側から明らかにされており、その上でその部分で国が敗訴しています。』

○ BigBang 『>通常は平穏な活動を行っていると解釈されるような市民運動全般
アムネスティまで対象にしていたという近畿公安調査局内部資料流出ですね。』

○ sakichan 『詳しく知りたければ以下のようなものを読むのがいいかと。私は最後のは持ってませんが。
公安調査庁マル秘文書集
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/43-3.htm
公安調査庁スパイ工作集
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/46-8.htm
キツネ目のスパイ宮崎学
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/51-4.htm

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さて、いくつもの事実と論点が含まれた指摘である。
こちらでのBB氏の発言なども合わせて読むと理解が深まるだろうか。
http://d.hatena.ne.jp/BigBang/20070213/p2
http://d.hatena.ne.jp/eshek/comment?date=20070213#c

仔細なコメントは避けるが、Wikipediaの問題に限って言えば、崎山氏は松永氏とはある意味で因縁浅からぬ仲であったということが、ここでは反射的に証言されているように思える。
過去にそうした活動をしていれば何処かですれ違うものだが、Wikipediaにおける全くの「利害関係のない第三者」であるかというと、解釈に幅ができるかもしれない。かつての因縁というのがどう影響しているかは不明にしてもである。

ちなみに、崎山氏は「削除依頼/松永英明20070212」において
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E20070212
○(コメント)その場合、中抜き削除をしないなら2006年9月3日 (日) 05:41 (UTC)の版まで戻ることになります。--崎山伸夫 2007年2月13日 (火) 18:51 (UTC)
○(コメント)削除よりは妥当だと思われる内容にして保護依頼、というのもありうるかと思います。賛否はもう少し様子を見ます。--崎山伸夫 2007年2月13日 (火) 18:51 (UTC)

と、こちら「ノート:松永英明」での昨年9月30日の発言よりはかなりトーンダウンしているようにも見受けられる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E
○なぜ『半跏思惟』時代の名前を記述しないのでしょうか?戸籍名で公然活動していたわけですから、隠す理由はないと思いますが。Roter Stern Leipzig ’99 e.V. 2006年9月30日 (土) 14:55 (UTC)

○現状で本人が公表を望んでいないこと、また、Wikipediaの基準でいっても戸籍名での活動が著名なものとは言いがたい、という二点があると思います。現状では編集削除されているだけですが、積極的に記述する編集が維持される場合、本人が編集削除することで編集合戦が生じる可能性もありますし、また、プライバシー侵害として(特定版)削除依頼が出された場合に、反対しづらいとおもいますよ。--崎山伸夫 2006年9月30日 (土) 15:06 (UTC)

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posted by 黒崎 at 02:29 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

豪雨の前兆 31

黒崎@豪雨の前兆 31


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E
Wikipediaの「ノート:松永英明」のところに興味深い指摘があった。

○削除依頼者の立ち位置
いま削除提案中のようだが、疑問点を提示したい。松永英明は自分について記載された項目を削除したい理由として、「著名人とはいえない人物。」と自身に言及している。上記でも『私を「著名人」とすることが恣意的。』と述べている。一方で松永英明は、敵対関係にある野田敬生の項目を立ち上げた。
対立する関係にある人物の項目を立ち上げることは、そもそも「恣意的」ではないのか?
松永英明は某ブログのコメント欄において、『野田はwikipediaに記載されるに足る人物ではないかと思う。私の項目が削除されないくらいなのだから。』と書き、私怨を晴らすべく対立する人物の項目を立ち上げ、その経歴を暴露しながら、自分の項目については削除を依頼しているように見える。私が感じているこの矛盾はさておき、松永英明にあと二つ、質問をさせていただきたい。
松永英明が自分よりもずっと、野田敬生を「wikipediaに記載されるに足る人物」と考えている理由を聞きたい。
また、野田敬生のノートにおいて、「私は野田のESPIOで激しく罵倒された」から自ブログ内で「ストーカー野田」「野田はいつものプロパガンダ文章」と罵倒したことを正当化していたが、具体的にどのように野田から「罵倒」されたのかうかがいたい。
--バタケン 2007年2月12日 (月) 12:22 (UTC)

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一方「Wikipedia:削除依頼/松永英明20070212」の方では以下である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E20070212
追加された一部を抜粋する。

○(コメント)ウィキペディアの信頼性を確保するためにも、松永英明を削除するのは、松永氏の中立性に対する考え方をより具体的に(松永氏自身のウィキペディア上での振舞いも含めて)聞いてからのほうがいいと思います。
--バタケン 2007年2月12日 (月) 12:32 (UTC)

○(削除)著名でない。基本的に、記事としての松永英明と利用者:松永英明はわけて考えてくださいな。また、Wikipedia上で誰が活動しようとも、それらは他のユーザーと同じに扱われるべきです。例外はジンボくらいです。--ゆきち 2007年2月12日 (月) 16:15 (UTC)

○(コメント)存続するならまず出典を示す(しかもプライバシー侵害、個人攻撃ではなくかつ公に知れ渡っているもので) --(User:RadioActive/Old Name) 2007年2月12日 (月) 16:40 (UTC)

○(存続コメント)一般人であったら、即時削除でよかった。しかしながら彼に関する限り、そうとも言い切れるものではなく、白紙保護にしたら松永氏への擁護とも取られかねない。--Anymoerer 2007年2月13日 (火) 07:12 (UTC)
賛否投票権なしのため修正。--Muyo master 2007年2月13日 (火) 07:54 (UTC)

○(コメント)まず著名か否かという点においては、単なる翻訳作業に留まらず、単独編集の商業書籍(著者として複数人が上がっていないもの)がある時点で著名ではないとは言い難いものがあります。ですが著者としての範囲を超える部分については一定のプライバシーは守られるべきという考え方があるのも忘れてはいけません。--Chiether 2007年2月13日 (火) 08:28 (UTC)

○(コメント)次にプライバシーですが、過去に公開された事実に関してはプライバシーで守られる範囲ではありませんが現在がどうなのかは明らかになっていない以上は「記載しない」か「現在は明らかになっていない」とするべきです。そして脱会している検証可能性も脱会していない検証可能性も示せない状態であれば尚更です。個人的感情を表に出せば、現段階において、かなり恣意的かつグダグダなので削除保護の上、ノートで何を掲載すべきか議論した上で解除依頼を出す流れでも良いと思っています。--Chiether 2007年2月13日 (火) 08:28 (UTC)

○(特定版削除)実名と思われる名前が書かれた版のみ削除。--shikine 2007年2月13日 (火) 09:40 (UTC)

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#上記、「ノート」バタケン氏の質問に対しての松永氏の返答は現在のところない。
別件であるが、通天閣の展望台にいた妙齢本格派は凄かった。
posted by 黒崎 at 02:23 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

豪雨の前兆 30

黒崎@豪雨の前兆 30
「ドサ健博打地獄」


まだ記す段階ではないと思っていたのだが、すこしばかり。
端的に書くと、現在の松永氏の言動は、他のオウム脱会信者達の足を引っ張る側面がなきにしもあらずだと思っている。
広く言えば、彼らの社会復帰を知らずに疎外している部分があることに、そろそろ気がついても良いように思える。


例えばWikipediaである。
それからあちこちのブログのコメント欄での自説展開である。

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前にも書いたが、現在ネット上で、このような活発な言論を繰り広げている信者もしくは元信者がいるだろうか。
彼らは報道機関設立企画に携わったり、保守政党との座談会に出席し、それをブログ上で発表しようとしていただろうか。

松永氏はWikipediaにおいて「自らは著名人ではない」と述べているが、客観的に見てネット上では確かに著名な活動をしている。派手と言ってもいい。
そもそも河上や松永という筆名はどういう経緯から生じてきたのか。
そして今、反上祐を明言しながら、上祐のWikipedia項目を編集し、また自らが敵対する野田氏の項目を立ち上げている。

先日「夜話」のコメント欄にこんな書き込みがあった。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/28954224.html#comment

○ビッグバンさんのところの匿名さんとは違う人間ですが書かせて下さい。私は、松永英明という人はオウムの広報であったのだから彼の本名を周知するのは(たとえば、ウィキぺディアに掲載する)のは公益性にかなっている事だと思います。オウムに戻る可能性だって大いにあると思います。今は本人の希望とかで本名が掲載されていない様ですがそれは「ゴネ得」に過ぎない。
Posted by 匿名希望 at 2007年02月12日 01:49

私は「オウムの広報」であったことはありませんよ。公益性という名のリンチは無用。
Posted by 松永
at 2007年02月12日 14:57

○お、松永さんいらっしゃい。
その辺り、こんど詳しくね。
Posted by 黒崎 at 2007年02月12日 15:05

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広報であったことはない。だが東山出版の社長だったことはあって、今もそれは記録として残っている。東山出版というのは上祐の書籍を出したところで、オウム(当時はアーレフか)の関連会社である。
対外的に見て、平の一般信者と同じであったと主張することは難しい。
つまりここでは「広報」という言葉の意味をどう捉えるかの違いでしかないのだった。


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posted by 黒崎 at 01:47 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

2007年02月13日

豪雨の前兆 29

黒崎@豪雨の前兆 29
教義は正しかった


finalvent氏のブログに以下があった。
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20070212/1171279360

「ただ、ここで難しい問題がある。あえてプラクティカルに問えば。
1:教義の結果が必然的にそうなる理路の可能性がなかったのか。
2:AUMが操られていた可能性は無かったのか。
3:直接的な市民社会への危害としてのAUMと各種の薬物(幻覚剤や毒物)の関係は解明されたのだろうか。
日本の市民社会はそれなりの手順で麻原を事件の核と置いたが、そうだったのだろうか」(finalvent氏発言)

―――――――――――――――――――――――――――――――――
これに対して、松永氏がこのように答えている。

○matsunaga 『ここ見てなかったんですが、返答しないのがなんだかんだと言って粘着する変な人がいたので、ひとまず見に来ました。軽くコメントします。

●1.教義の結果が必然的にそうなる理路の可能性がなかったのか。
いわゆる「殺人を肯定する教義」の部分は実践不可能なものとされており、実践課題としてはたとえば「不殺生」の戒を厳密に守ることが必要であった。したがって、教義をもって必然とするのは難しいと思う。少なくとも信者であった人の目からは、事件と教義が結びつかないので、事件そのものを信じられなかったという面が大きい。したがって、事件については、教義ではなく、教団運営の観点から見るべきであると思う。
たとえばシャンバラ化計画についても、当初は社会と対立するような内容ではなく、学校や病院の計画などのレベルであったが、それを政治的に妨害されたために政界進出を試み、それが妨げられたがゆえに裏ワーク路線が生まれ……という経緯は一般的に説かれてもいると思いますが、それは教義じゃなくて運営方針、目的を実現するための手段の問題だろうと思っています。

●2.AUMが操られていた可能性は無かったのか。
当時の印象としては、いかなる勢力からも独立していた感があり(だからこそ自給自足)、ロシアに食い込もうとしていたとしてもロシアに操られていたというふうに感じたことはない。ダライラマ政権、スリランカとも同様。北朝鮮との関係はまったく伺えなかったので、早川紀世秀・統一協会ラインとか北朝鮮ラインとかのあたりについてはまったくわからない。統一協会とは信徒レベルでは相容れないものがあった。ただし、宗教新聞(統一協会系の新聞だが宗教関係の記事を書いている)とは友好的であった。私の知る限りの「他勢力の影響」はここが限界。それ以外については、創価学会・幸福の科学とは完全に敵対。後の報道からすると稲川会との間に覚醒剤取引があったようだが、これについては当然、一般信者は知らなかったことである。

●3.直接的な市民社会への危害としてのAUMと各種の薬物(幻覚剤や毒物)の関係は解明されたのだろうか。
質問文の意味がよくわからない。稲川会に売ろうとした覚醒剤はあまりに純度が高くて催淫成分に欠け、商品にならなかったというのもどこかで読んだ気がする。薬物を使っていたからその薬の影響で危害を加えようとした、という意味?だとしたら違うと思う。ラリっていたというよりは、当時の教団運営の方向性による暴走ではないかと思うので。マインドコントロールという言い方があるが、これほど曖昧なものはなく、単に教団・グルへの帰依(あるいは忠誠)をマインドコントロールというのであれば、それは一般企業での愛社精神の強い人たちとそれほど変わらないと思う。

少し戻って、悪の顕在化というと、たとえば悪人正機説に基づいて「悪人こそ救われる、だから悪をなそう」という勘違い解釈がありえる、という話かもしれないが、それはAUMでは否定されていたし、真宗の正当な解釈でもそうはならないはず。つまり、自分には悪(あるいは罪)があるがゆえに逆に絶対的な神的存在あるいは阿弥陀如来その他に自己を完全に放棄してゆだねようという動機が生まれるということなので、これをもって「悪をなすことを肯定する」とは解釈できないし、実際にそういう解釈はなかった。要は自分のけがれを証知することによって懺悔の心が生じ、それが求道心を強めるということであって、そこで「じゃあ悪いことをすれば救われる」というのは単なる堕落ととらえられます。

オウムの教義は「いかに自分の悪いカルマの清算をし、いかに自分のよいカルマを増大させるか」と集約できると思います。そして、殺生は悪いカルマを積むことになります。五仏の法則で説かれたのは「殺生という身のカルマを積んだとしても、そこに邪悪心がなく、完全にその魂のカルマを見通した上での慈愛によってなされる殺生であれば、心の善業を積むことにはなるが身のカルマは大いに積むからその覚悟は必要だし、それ以前に、殺生をなすときに邪悪心がないなどというステージは人間レベルではほとんどありえない」ということであって、要するに「お前ら信徒・サマナでも無理。お前らがやったら単に悪業」という話であったのです。だから、教義をきちんと知らずに危険な教義と言うのはどうなの、という話。』

―――――――――――――――――――――――――――――――――

さて「夜話」読者のみなさん。
この辺りが微妙な分水嶺である。
泉氏の「松永英明さんへインタビュー」と合わせて読むと、その意味がお分かりになるだろう。
http://gripblog.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/__b8d1.html

posted by 黒崎 at 23:33 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

豪雨の前兆 28

黒崎@豪雨の前兆 28
驟雨


http://d.hatena.ne.jp/BigBang/20070210/p1
http://d.hatena.ne.jp/BigBang/20070211/p1
http://d.hatena.ne.jp/BigBang/20070212/p1
この連休、BB氏のところで松永氏が参加してのやりとりがあった。
前段としてはエレニ氏のこの辺りがあるだろう。
http://d.hatena.ne.jp/Ereni/20070211#c1171163006
http://d.hatena.ne.jp/Ereni/20070207#p4

―――――――――――――――――――――――――――――――――

私はというと、やや距離を置いて眺めていた。
「夜話」のコメント欄で事前にBB氏とやりとりをしたが、そもそも松永氏が提起した仮説の上で論を進める必然性は、今の場合ほとんどないと考えていたからである。
現在、一般論としての「信者の政治行動」が問題になっている訳ではないし、一般論としての宗教団体のロビー活動や、更に一歩踏み込んで「オウム教義の内容分析」をしなければならない段階とは言えない。

BB氏には悪いが、松永氏の指摘を受けて修正した部分、
「したがってこれらの団体が団体の利益を果たすための活動は、同庁によって監視され、公共の利益に反するとみなされれば、直ちに検挙や拘束が行われる。同庁によって調査監視の対象となる」
などは、読んでいてやや頭を抱えてしまった。松永氏が指摘する通りである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

ただ、ひとつふたつ、記録に留めるべきものがあったように思える。
一部を抜粋する。
正確なテキストと流れはhttp://d.hatena.ne.jp/BigBang/20070212/p1を参照の程。

○matsunaga『(略)そして、たとえ話がいつも極端。「同じビラをアーレフが撒いたらどうなりますか」、実際にアーレフが常に主張しているのは、「違法行為はやらない」「内的な信仰に専念する」という宣言ばかりであって、「暴力革命」を目的とする団体とは違っているわけですそもそも、アーレフ(あるいはオウム真理教にしろ)が「テロ」を目的として集まった集団ではない、ということははっきりしているはず。それは誰もが認めていて、だからこそ「そういうヨーガ団体がテロに走ったことの危険性が云々」と言われているのは現状ご存じの通り。

とすれば、現在、これ以上の弾圧状況を生むつもりもないアーレフにおいて、多少なりともテロを目的とするような主張・発言がありえるのか、という話。宗教的な信仰心の話以外に、違法行為を具体的に行なう発言があるのか。それは、代表派も主流派も立場は同じ、「違法行為はやりません」すなわち「公共の福祉に反するようなことはやりません」と言ってますね。そうである以上、「いや、お前らは公共の福祉に反する」と言えるのですか? 公共の福祉に反すると言うことを前提とした判断が正しいのですか? さらに、公共の福祉に反するとして、法で定められた以上の具体的な制約をどうやって課すのですか? ましてや、監視している理由が「公共の福祉に反するから」というトンデモ理論を持ち出すに至っては、もはや何ともはやという世界です。』

○BigBang 『(略)
>そもそも、アーレフ(あるいはオウム真理教にしろ)が「テロ」を目的として集まった集団ではない、ということははっきりしているはず。それは誰もが認めていて、

誰もが認めていますか?私はそのように理解していませんが。それは松永さんだから(こここは皮肉じゃないですよ)わかることですよね?経験的に。
>それは、代表派も主流派も立場は同じ、「違法行為はやりません」すなわち「公共の福祉に反するようなことはやりません」と言ってますね。そうである以上、「いや、お前らは公共の福祉に反する」と言えるのですか?
そういう見解であれば、公安調査庁では代表派、主流派いずれもの危険を唱えていますが、あの見解は間違っているとお考えなんですね?』

#○matsunaga 『>では「要求の内容によらず」ではないではありませんか
要求の内容によらず、要望を述べる「自由」は確実に存在すると思います。ただし、それが内容によって拒絶されたり、一定の検討対象になったり、という「結果」は当然あるに決まってるではないですか。

そして、書き忘れたけれど、そういうきちんとした法的枠組みに沿った陳情であれば、私がやるものではない。法務部か広報部あたりがやるだろうし、あるいはやってるでしょう。私はどちらの仕事もやったことがないし、できもしない。そして、私が「ブロガーでライター」としてあの場で言動を行ない、それが後々何らかの影響力を及ぼすと妄想できるほうが不思議。たとえば松本議員と話して、いろいろ民主党の役に立つ建言をできたとしましょう(そんな能力はないと思うけれど)。それで、いざアーレフに関する話を始めたとします。そこで全部終わりでしょ。一体、あれをどうやって「公共の福祉に反するような目的を達成するために政党に接触した」と言えるのか。それが全然わけわからんと言うとるんです。』

○ sameshima 『>「それは誰もが認めていて」
ボロが出てきましたね。』

○matsunaga 『>「テロ」を目的として集まった集団ではない
これはあなた以外誰もが認める事実だと思いますよ。「クーデターやります、サリン撒きます、だから入信せよ」と言ったことがあるんですか? それはないでしょ。「仏教・ヨーガ」あるいは宗教の団体として入ったのは間違いない。サリン実行犯の中に、誰かテロをやりたくてオウムに入ったという人が一人でもいますか?
 そういう事実にさえ目をつぶるのであれば、ほんとにトンデモですよ。
>献金
などあるかどうかについては、厳しくチェックされています。それ以前に、そんな資金もないのは明らかですが。
>公安調査庁では代表派、主流派いずれもの危険を唱えていますが
危険度がいくらなのかを別にして、「代表派は安全、主流派は危険」ということはありえず、代表派と主流派の「危険度」は同じくらい、という意味では、公安調査庁の見方は正しいと思います。だからそこでヴィヴェーカーナンダの話が極めて重要になってくるんですが、私もそこまで説明してないし、BB氏はそこを知らないわけだから、それについて論じる段階にはない。』

○matsunaga 『ぼろぼろと化けの皮がはがれてるよ、鮫皮野郎
つーか手前は出てくるな。鬱陶しい。BB氏にも嫌がられてるやろ。茶化すしか脳のない小判鮫は帰っとけ』

―――――――――――――――――――――――――――――――――

●太字は黒崎。
松永氏の論の立位置、視点が、途中から見事に変わっていることに注意していただきたい。
posted by 黒崎 at 22:57 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

豪雨の前兆 27 Wikipedia削除依頼を出す松永氏

黒崎@豪雨の前兆 27 Wikipedia削除依頼を出す松永氏


http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E20070212

●「著名人とはいえない人物。その実名は、過去において教団所属として公開されたことはあるが、現在本人は公開せず、公開を望んでいない。しかし、本文編集ならびにノートにおいて執拗に実名公開を迫り、頻繁に実名記載が繰り返されている。プライバシーの侵害。さらに現実生活において多大な影響を及ぼす「現在脱会していない」かのような表現を取る者が後を絶たない(脱会していないということは検証不可能であり、事実でもない)。したがって、特定のユーザー排除にとどまらず、削除が妥当と考えます。 --松永英明 2007年2月11日 (日) 19:29 (UTC)」削除)依頼者票。--松永英明 2007年2月11日 (日) 19:35 (UTC)

○(コメント)利用者名や、[1]を見ると、依頼者は本人を自称しているケース。西和彦の例と類似でしょうか。--fromm 2007年2月11日 (日) 19:56 (UTC)http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&diff=next&oldid=10458810

○(コメント)ここでの編集作業をネタにしているブログ黒崎夜話が存在しています。また、当項目を編集している利用者:鮫島恭太郎は、同じ趣旨の鮫島通信の運営者と思われます。客観的に見て、両ブログは単なる個人攻撃に終始しています。状況がエスカレートするようなら、一旦削除も検討する必要があります。--元諜報員 2007年2月12日 (月) 01:43 (UTC)

―――――――――――――――――――――――――――――――――

松永氏は11日、自らの項目の削除依頼を出している。つまり「松永英明」の項目を消してくれと頼んでいた。

例えばグーグルで「松永英明」と入れると現在Wikipediaは上から3〜4番目の位置にある。
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-04,GGLD:ja&q=%e6%9d%be%e6%b0%b8%e8%8b%b1%e6%98%8e
「関連検索」は従来の通りである。
我が国でのグーグルのシェアがどれほどであるかという声もあるが、それを言っては新書を出した佐々木氏などの立場がない。
複数の検索エンジンを使うというのは編集関係では日常であり、グーグルはやはり多用されているものと考えて差し支えないだろうか。

松永氏はこのように言う。
「脱会していないということは検証不可能」「事実でもない」
言葉の使い方に敏感な方であればすぐにお気づきになるだろうが、この発言は裏返すと以下のようになる。
「脱会しているということは検証不可能」「事実でもある」

つまりここでは、内心の信仰の問題は立証不可能であるということを確認したにとどまっているのだと私には思える。

また「著名人であるか否か」というのは、Wikipediaにおいては本人が述べることではなく利害関係のない第三者が決めることであろうか。
しかしながら、松永氏・元諜報員氏らが編集する本文において「有名サイト管理人として著名となったのち、河上は」と書いており、ネット上では著名人であることを自ら認めてもいた。そしてその活動内容は、オウムとの関係が深いものであったことも、本文記載の通りである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

悪いが笑ってしまったのは元諜報員氏のコメントである。
「ネタ」という言葉。「夜話」に名指しでリンクを張り「客観的に見て、両ブログは単なる個人攻撃に終始しています」などと書き込むことは、もしかすると逆効果ではないのか。今まで関心のなかった方に、この議論の推移が公開される道を開いている。松永氏の各所での発言も多くの読者の目に入ることとなる。私と松永氏の対話などもである。
「豪雨の前兆 2」
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/32418835.html
「豪雨の前兆 20」
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/33341694.html

Wikipediaにおいて外部での言論や議論は推奨されている。
その結果を持ち寄るのがWikipediaの趣旨であることは、今まで「夜話」で述べてきた通りであった。

例えば松永氏のブログにおいて、崎山氏と元情報員氏は松永氏にこのようにコメントされていた。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20070208#1170931198
「sakichanと元諜報員氏による修正は極めて中立的であり、妥当であり、適切であると考えています。以上」

編集されるべき本人からこのように言及されることは、客観的にみて中立とみなされるかどうか。
この松永発言は、このお二方にはいい迷惑だろうといぶかんでいたのだが、元諜報員氏に限ってはどうもそうではないのかもしれない。
元諜報員氏は、自らが松永氏と「利害関係のない第三者」であるかどうかを対外的に立証してからでなければ、今後の発言に説得力が欠けてゆくことを老婆心ながら申し上げたい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

「利用者名や、[1]を見ると、依頼者は本人を自称しているケース」という指摘も、なかなか苦いユーモアである。
「夜話」の読者は、注意深く全体の推移を見守るべきだろう。

posted by 黒崎 at 12:35 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

豪雨の前兆 26

黒崎@豪雨の前兆 26


まだまだ細かく見てゆくところはあるのだが、とりあえず。
全体として眺めて、松永氏のWikipediaへの関与は一定の限界点にきているように思える。

その遠因は、実を言うとWikipediaの方針の中に記載されていることで、単に個人のプライバシーの扱いだけに留意すればいいというものでもない。

例えば以下。
●自分自身の記事を作らない
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E8%87%AA%E5%88%86%E8%87%AA%E8%BA%AB%E3%81%AE%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84

「自分のことについて、中立的な立場から書くことはとても難しいものです。そのため、ウィキペディアでは自分のことについては他の利用者に執筆を任せるのが望ましいでしょう。自分自身で編集するのではなく、記事のノートページで出典となりうる情報や、編集の提案をし、あなたとは利害関係にない人物が記事を編集するのを待ちましょう。

また、自分の関係していることの記事についてどうしても編集したい場合は、一度ノートページでご自身が記事の主題となっている本人であることを表明した上で提案を行って、合意を得てから編集することが推奨されます。ここで第三者の目が入ることによって、上に挙げたような問題点が解決されることがあるからです。

ただし、誰の目にも明らかな問題点があるときには、自分が関係していることについての記事を直接に編集することも許されます。たとえば、荒らしを差し戻すような場合です。でも、もちろんこの場合、荒らしは、単純で誰にでも荒らしとわかるような行為でなければなりません。内容へ異論があって行われた編集の場合はあてはまりません。同様に、自分自身についての誤った、あるいは古い基礎情報(例えば、結婚の有無、現在の勤め先、生地など)を修正することは自由です。ただし、事実に異なる解釈が可能な場合、他の人も編集するであろうことを理解してください」

#柔らかく書いてあるが、つまり「利益相反行為」の禁止と、明白かつ緊急の要件が満たされる場合の半ば緊急避難が許されることの明示である。

例えば東京大学では「利益相反委員会」を設定している。
http://www.u-tokyo.ac.jp/per01/d04_10_j.html
「本学は、大学が産学連携活動を通じて社会に対して役割を果たしていく過程で生じうる利益相反に対し、適切なマネジメント体制を整えるため、利益相反委員会を設置しております。同委員会は、平成17年3月16日「東京大学教職員の利益相反に関するセーフ・ハーバー・ルール」及び「東京大学教職員の利益相反に関する自己申告書記入要領」を制定しました」

―――――――――――――――――――――――――――――――――
また、ウィキペディアでは以下も参考になる。
●個人攻撃はしない
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%80%8B%E4%BA%BA%E6%94%BB%E6%92%83%E3%81%AF%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84
法的な脅迫をしない
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E6%B3%95%E7%9A%84%E3%81%AA%E8%84%85%E8%BF%AB%E3%82%92%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84

私個人はWikipediaを決して公的なものだとは考えていないが、この辺りはとても興味深く読んだ。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070117_wikipedia_nupedia/

―――――――――――――――――――――――――――――――――
posted by 黒崎 at 01:19 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

豪雨の前兆 25

黒崎@豪雨の前兆 25
「脱会証明」


http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&diff=10495082&oldid=10440826
「 2006年5月15日 - この日の前後に宗教団体アーレフから公安調査庁に提出された活動報告書(4月30日時点での内容)において氏名が完全に削除される。公的な文書における脱会の確定。なお、この活動報告書は3か月に1回提出されるものである。また、虚偽報告は教団の観察処分延長や、場合によっては活動停止処分の要件ともなる」

とWikipediaには記載されている。
これが何時から掲載されたものか、仔細に見ていないので不明であるが、以前から少なからず不思議に思える部分があった。
この活動報告書の中身を確認した方はいるのだろうか。

いたとすればそれは何時、どういう立場の方だったのだろう。
確認できないとすれば、そもそも客観的に検証可能性ある資料として掲載することに某かの意味があるのだろうか、という疑問である。
虚偽の報告とその効果については、だからどうした、という按配。

つまり、松永氏はオウム(アーレフ)を脱会したということになっているが、第三者がそれを確認する客観的な証拠というのは実を言うとないのではないか、という素朴な疑問を提示しておく。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
#つまり、それほど脱会「証明」というのは困難であるということを意味している。
posted by 黒崎 at 23:24 | TrackBack(0) | 夜話「豪雨の前兆」 | 更新情報をチェックする

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