2007年01月28日

社会的結語

黒崎@社会的結語


例えば泉氏のニュースサイトは昨年11月から更新されていない。
錚々たる政治家へのインタビューがお膳立てされたものの、コメントは数少なかった。

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泉氏は現在見ることのできる最後の記事をこのようにまとめている。
http://voice.fresheye.com/ais_eye/2006/11/5_5.html#more

「ネット上では、誰かの弱点を探し出したり、誰かが犯した間違いに対して、徹底的に追究をするという現象が度々起きています。その追究とは、時には相手の人格をも罵倒するもので、問題の本質とは全く違う点を攻撃する場合もあります。
元は何かの間違いを犯した人に対する言葉なので、それらの過剰な追究を暴力ではなく正義だと勘違いしてしまう人も少なくないようです。

問題なのは、その追究の裏付けが全く取られていないケースが多く、何が事実で何が事実ではないのかが明確にされないまま、声高に叫ばれる一方の正義だけが正当化されてしまうことだと思います。
一人の正義感により「ここが間違ってますよ」と指摘された議論の始まりも、何十人・何百人の人が乗っかり、面白おかしく問題を膨らませてしまっては、人と人とのコミュニケーションは成り立たず、自分の意見さえ主張できない環境になってしまいます。自由に主張し合えるネットであるはずなのに、攻撃がこわくて自由にものを言えないとか、目には見えない支配者に対して媚を売るような文章を書かざる得ない状況に今のネットの社会はなってしまっているのではと私は危惧しています。

ネットで起こっている炎上を見ていると、イラクやイスラエル、パレスチナ、レバノンそしてアメリカなどの間で起こっていることと非常によく似た現象だと感じます。相手の声を聞かずに、お互いがお互いの正義や価値観を押しつけて泥沼化しています。
古居さんが取材しているパレスチナとイスラエルの問題についても、現地を取材したフリーランスのジャーナリストたちは、イスラエルまたはアメリカの正義感が問題をより複雑にしていると、あちらこちらで発言しています。
ネットでの誹謗中傷も、一部の偏った正義感に、安易に同調する他のユーザーが、より問題を複雑化しているのだと思います」

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何処かで聞いたことのある論説であると私は思う。
そして、こちらの現状とあわせて眺めると、ある種感慨が深い。
http://gripblog.cocolog-nifty.com/

泉氏がジャーナリストとして再びその筆名で我々の前に姿を現すのかどうか。それは読者が想像する通りであろうかとも思われる。

posted by 黒崎 at 08:11 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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