2006年12月28日

師走風景

黒崎@師走風景


http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061228#1167240428
松永氏が例の「物語」、自分史のネット上での公開を中止したようである。
ここでのコメント欄での応酬が興味深い。
引用させていただく。

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# ゴースト
『よきにつけあしきにつけ
「徹底的な自己批判を求める!」
みたいのは決して一部の意見とは
言い切れないと思うけど。
つるし上げが
日本の文化となりつつあるように。

ただ、無差別に人を攻撃した組織の元構成員が
被害者には頭を下げます
でもあんたらには関係ないでしょ
というのは通らないと思う。
無差別に攻撃したなら
無差別に反撃されることも
ある程度しょうがない。

それから、何ていうか
自分はなぜラッキーにも違法行為を
命ぜられなかったのかについての
考察も足りないような気がする。
まあそれはおいおい語ってくれることかも
しれないが。

信じたばっかりに違法行為に手を染めてしまった
同志たちに対する愛惜の念も感じない。
まあそういう「感情の欠落」は
状況に振り回された当事者には
よくあることだとは思うけど。

「被害者じゃなければ頭を下げたくない」
「仮定の質問には答えられない」
「本当にサリンが作れるとは考えていなかったんじゃないかな、人にやらせてみて失敗させるのが、彼のやり方だったし」
「法皇官房の暴走」
なんていうのは遁辞以外の何ものでもないと思う。

また野田が公表した文書についても
あの当時は、そう考えていたが
今は間違っていたと思う、見たいな言葉もない。
ただ公表されたことの恨みつらみだけ。

いずれにせよまだ時間かかるみたいだから
僕個人はあんまり責めようとは思わないけど
社会の厳しい眼というのはある程度
意識しておかないとダメだと思う。』
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# matsunaga
『>同志たちに対する愛惜の念も感じない。
>なんていうのは遁辞以外の何ものでもないと思う。
このへんがもはや理解できない。なぜそう考えないといけないのか。
>あの当時は、そう考えていたが
>今は間違っていたと思う
単なる思考実験に、当時そう思っていたとか反省の弁とかが必要だとは思わなかった。
>ただ公表されたことの恨みつらみだけ
としか読まれないのだろうか。彼の思考回路のおかしさを指摘しているだけである。
なんでこんなにめちゃくちゃなんだろう。
そして「社会」が一方的に規定される不思議さ。』

# matsunaga
『それを遁辞だというのなら、もういい。俺が思っていることを書いたら遁辞だと。だったら全削除する。』

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ゴースト氏というのが誰であるかは分からない。
勿論、黒崎ではない。

さて、この流れ。
ひとつの師走風景である。

posted by 黒崎 at 08:28 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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