さて、少し書いてみる。
包括的に言えば、この物語はそろそろ終章で、松永氏の例の自分史の完成を見ずに、全体の空気は大方固まってきているように思える。
PART 6 出版編(1994年〜1995年2月。初出:2006.11.14) についての論評はまたの機会にするが、率直に言って真面目に読むに値するものではないと断言してもさしつかえない。
泉鏡花と上田秋成からオウムでの筆名を取ったと嬉しそうに書いているところなどは、呆れるのを通り越して憐憫の情も湧いてきたりした。
が、それもいい歳をした大人がやっていることなのだからそれなりだろう。
一般論であるが、仮にカルトからの脱洗脳というものがそれ程困難だと言うのならば「解凍中」と但書きが欲しいところでもあった。
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この問題というのは、実は松永氏に始まり松永氏に終わるという側面があると思える。これは春の段階で数人の方が指摘している。
振り返ると、松永氏を巡って様々な人物が登場してはまた消え、そして今も何処かしら何ものかが薄く通低しているのである。
例えば泉氏やume氏と名乗る人物の一連のあれこれ。
件の松永インタビューや、滝本弁護士。富士通がスポンサーであった時事通信編集委員湯川氏の番組。DJ研やR30氏、歌田・佐々木氏などなど。
ネットというのもひとつの実社会の断片、その投影であるから、そこには一定のダイナミズムが働いていることは否定し難い。
#ちなみに、泉氏は最近(11月11日付)のニューズウォッチで以下のように書いている。
http://voice.fresheye.com/ais_eye/2006/11/5_5.html
コメントするに値しないと個人的には思う。
が、取材対象のフォトジャーナリスト・古居みずえさんに対して、何故だか分からないが、申し訳ないような気分が生じるのが不思議でもあった。
私が思うことでもないのだが。
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ところで、秋口辺りから起きていることは、いわゆるネットストーカーと呼ばれることを誇りに思うような人物の登場である。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%b8%e6%c6%b2%b2%ac%b7%bc%be%bc
これがオウム研究と称して、松永氏界隈に顕れ、ウィキペディア(Wikipedia)の編集や「はてな」のキーワードを巡って、周囲の人間と様々なトラブルを起こしていた。
その膨大な編集履歴は以下である。
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/keywordlist?of=20&r=1
松永氏を含め、何故彼らが執拗にウィキペディアや「はてな」のキーワードに拘るのかを分析すると、また見えてくるものもあるだろうが、今回は割愛する。
松永氏の姿勢は曖昧なものだが、
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061113
などで散見する限りは、客観的には友人もしくは一群の集団であるとみなされてもおかしくはない。面識もあり煩雑に連絡も取り合っている。
BB氏が今回行った北沢警察署への届けは、これら一連の流れの中から出てきたものである。
例えば巨大掲示板(2ちゃんねる)での書き込みの中に、BB氏の実名と住所その所属を明記したものがあり、そこに右翼の街宣車がゆくだろうという極めて悪質なものがあった。村井刺殺事件を引き合いに出してもいる。
多くの方はローカルに取ってあると思うが、今の段階では原文提示を避ける。http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061102
ここでの松永氏の姿勢も、上記URLと比較して観察していただきたい。
その他にも人格権を甚だしく侵害するような書き込みが、おそらくは松永氏に近いスタンスにある人間によってなされていた。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/27242437.html
その後、読者が知らせてくれたURLが以下である。
http://d.hatena.ne.jp/psycho78/20061110/p6
ざっと眺めてゆくと、話は簡単である。
主な登場人物が絞られてきたのである。
そしてそれは、薄く通低しているものの半ば本質であろうかと思われた。
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