2006年10月13日

物語の効用

黒崎@物語の効用


ここで私は、不思議に泉氏のことを思い出している。
夢は果たされたのかどうか。

仔細に見てゆくと、松永氏の言には論の飛躍がある。
まずは、何故過去の経歴について「徹底的に叩かれ」(氏の表現による)ているのかが理解されていない。叩かれるとか罵倒されていると感じているのは彼の主観であり、現状認識である。

そして、唐突に「閉鎖」という言葉が出てきていた。
「関係ない他人のサイトが俺のものだと濡れ衣を着せられて迷惑をかけるだろうし、そうなれば自分自身がウェブに再帰することも不可能になってしまう」どこが「そうなれば」なのかが私には理解できないのだが、結語は自分がネット上に再帰することだと正直に吐露もしていた。

「ハンドルや筆名を変更するにしても、変更するということそのものを公開していくしかない」
と氏は書くが、その理由は述べられていない。
そして、また面白い単語が続く。「さもなくば」である。
「さもなくば、ネットには一生近づかないよりほかないだろう」
ここにもある種の飛躍があって、今後ますます社会のインフラのひとつとして認知され推移してゆくネットに、一切近づかないで生きてゆくことができるかどうか。
できはしないのであって、これは口先だけの極論だと言われても仕方がないように思える。
問題はウェブ上で何をするか、しようとしているかなのである。
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松永氏の河上イチロー時代のネット上での活動は、今となってはよく知られている。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/24661172.html
この他にも資料的な価値のあるいくつかのサイトはあるのだが、今は割愛しよう。
自身が書いていることと第三者が記録・評価していることを擦り合わせて私たちは推測し判断もしてゆくものだが、過去に何をしてきたのかということについては、なかなか人々の記憶からは消えない。
それは個人の夢とか志向とはまた別の次元のお話である。

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「そう言ったら「強いね」と言われたことは確かにあるが、強いのではない。他のやり方を知らないだけだ」
松永氏はそう書いてそのエントリーを終えていた。
確かに知らないだけなのだろうと思う。
学ぶ機会を逸してきたのだろうとも思う。

であるから、
「私は『松永英明』として活動しはじめたことがきっかけとなり、『松永英明』としての生き方を選ぶために、また『松永英明』としての活動で資金を作ることができたために、アーレフを離れることとなった(あるいは離れることが可能となった)わけです。ですから、この名前には大きな意味があると感じています」
と書くのである。

posted by 黒崎 at 23:20 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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