2006年10月12日

私にとってオウムとは何だったのか

黒崎@私にとってオウムとは何だったのか


前のエントリーと題名は違うが同じことである。
同名の書がポプラ社から出ている。「私にとってオウムとは何だったのか」(早川紀代秀 川村邦光 著)
全体としては密度があるとは言い難い書籍でもあるが、さておく。

早川被告というのは、49年生まれ。86年に「オウム神仙の会」入会。95年逮捕。第1審、第2審で死刑判決を受ける。現在は上告中。

同書、いくつかポイントはあるのだが、ひとつには「真理」への過剰なまでへの傾斜である。
この世で一番大事なものは何か、と高校時代に教師に問われると、早川は「真理の探究」であると答えている。出家と実生活のアンバランスに対しても、真理追究のためにはやむを得ないものだ、と繰り返し述べている記述が散見されてもいた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
1:まずはここ。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20060928

http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20060929#1159495588

2:次にこのコメント欄。
http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20060930/1159571639

3:それからここである。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061003

4:これはどう評価したらいいか。半ば切ないものもあるが以下後日。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061011
途中、現在ネット上で話題になっている募金についての話題があって、この辺りの話のフリ方というのはさすがである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

ま、面白いと思うのは、相手にしないとか数ヶ月前から何度も書きながら、例えばいくつかのブログにはコメントを残していることである。
黒鮫乙にはこない。
そして、おそらくは巨大掲示板を「ネットイナゴども」と、かなり強い言葉で批判しながら、そこで半ば公認で遊ばれている友人のブログには親密に書き込まれてもいることであった。
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20061009

文脈は違うが、特にこの辺りは酷いものである。同一ブログ。
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20061008
#半ばこれには、世間知らずのお嬢さん(お世辞)の無知という側面もある。
場末に足を踏み入れてはいけないと、日活映画では何度も描いてもいる。
違うんですよ、世界が。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

さて、取り急ぎではあるが。
早川被告は、坂本弁護士一家殺害事件の当事者であった。
逮捕されてから始めて麻原を相対化しようと試みる。
だが、早川と弁護団は期待可能性理論(法的には滅多にされない理論でもある)を援用し、死刑判決の情状酌量を訴えてもいる。
「そして、現在は、せめてもの罪滅ぼしに、仏道修行に励む毎日です。私をきづかってくれる家族、友人、知人に支えられて‥‥」(前掲:216頁)
と、書いている。

どう言ったらいいのか。
この件を読んだ時、私は思わず本に線を引いてしまった。
どこか、ふざけるな、という気分があったことは否定しがたい。
坂本弁護士家族の遺体は、身許が割れることを防ぐため、ツルハシでその歯が砕かれた。遺体の顔面にツルハシを振るう姿を想起していただきたい。
「この子だけは許して」と哀願する奥様の姿を思い浮かべてもいただきたい。

それから上記リンクを辿って、このひとは何を言っているのかということを理屈ではなく、生理的に感じてもらえればこのエントリーの意味は尽きる。
ある種の屁理屈と自己憐憫が、ネット上を絶え間なく徘徊することに、微妙でしかも根の深い拒絶反応を私は抱いているようだった。
posted by 黒崎 at 05:09 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/25299294
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。