2006年08月31日

リアルさの程度

黒崎@リアルさの程度


また、市民幻想のひとつが繰り返されているのだなという按配である。
ネットにおける仮想平等が、ジャーナリズムの世界も相対化してゆく。

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市民幻想とは何かというと、フリーターも会社の社長も、10代の若者も壮年・実年も、あらゆる属性がそこでは意味を持たず、平面で語られる世界でのお伽話である。
等しく一票には価値があるとされる。
そうした戯画は、鵜飼の鵜のように政治家へのインタビューをこなす自称ジャーナリストにも、その周辺でキーマンを演じようとした複数の彼らにもいえた。
ひとは進んで記号になってゆく。

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こういうことを書くと非常に誤解を受けるのだが、人は持っているものそれ以上を書くことはできないのではないか、という疑いを、私は薄く抱いている。

posted by 黒崎 at 10:43 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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