2006年05月20日

ブログ階層社会

黒崎@ブログ階層社会

コンビニに並んでいる本を手に取る。
あるいは100円で買える古本屋でもいい。
今、書籍というのは消費財になっていて、それを前提としたマーケティングや流通が行われている。これは「誰が本を殺すのか」という力の入ったルポに詳しい。
何が言いたいかというと、ブログというものも、今以上に棲み分けがなされてゆくだろうということである。文化的な階層に応じてである。

言葉の分からないひとがジャーナリストを名乗る。
IT技術の進歩を背景に、無邪気に未来予測をくりかえすテクノクラートもいた。民主主義とジャーナリズムの未来を語っている。
コンビニで募金をしている自分の指先を携帯のカメラで撮り、それが善意であると称して「祭」を呼びかけている30男もいた。
それは基本的にヤラセ、もしくはイメージ画像というのだが、ほぼそれに近いものがこんどはひとつの人格として顕れる。複合的に、あるいはアバターとして。

例えばここで黒崎が、上海の路地裏でもペントハウスでも、あるいは虎ノ門のシガーバーや、その手前のテーブルで打ち合わせをしていた政治家の山崎さんでもどなたでも、その画像や会話を載せたらどうだろうか。その逆に通天閣裏、もしくは山谷や寿町でうろついている黒崎の近影を載せていったらどうだろう。
そのどちらにも私はゆく。秋葉のコスプレ喫茶にも、吉祥寺にあるガッコの先生と並んで入った。その後で電池で動くあれこを買い、若いもんにくれてやった。
ワンルームの机の上でこれが動いていると死にたくなるぜ。

つまり何が言いたいかというと、ネットというものは様々なものの通路でしかない。
そこにはカワウソも夜鷹も立っていて、こちらへおいでと手招きをする。
まだガス灯はなく、2.0など安い近代化を語る諭吉先生の門下生もいた。
posted by 黒崎 at 03:38 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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