2006年05月16日

カルマの果て

黒崎@カルマの果て


泉氏のところに総括らしきものが出ている。
ある方から、コメントをいくつか削除する前のものを貰っているので、場合によっては資料として掲載するつもりでいる。
全体として、以前からの印象は変わらない。
弁護士の滝本氏が助け舟を出しているが、その後のコメンターの指摘の通り、氏はやや既存のマスコミ不信に陥っているかのようでもある。
従来のマスコミに比べればまだまし、全部出したことはよほど宜しいという意味だろうが、それが参加型ジャーナリズムなる幻想を生んでもいた。
誰でもそうだが、皆、自分の今立っている立場や志向からは逃れられない。
松永氏が今、麻原を観想していないから脱会している、と断言する滝本氏の発言は、様々に含みのあるものだが、私は教育的指導・発言であると捉えている。
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/244.html
だが、最終的に判断するのは社会であろう。


翻って泉氏であるが、実質的に勝負はついた、という段階だと思われる。
http://blog.livedoor.jp/soul_shadows/archives/50172628.html
鮫島氏の公開質問状から以後、その手法は一向に修正されず、主観と客観を混同した言説がくりひろげられていた。
松岡正剛氏は「全てのものは編集である」と言っていたが、同伴者を選ぶこともその手法を選択することも、それだけで編集である。
無編集という概念は、言葉の遊びでしかないのだ。
泉氏は自らの手法をフォトジャーナリズムに喩えていたが、それはカメラマンを愚弄するもので、どの機材を使いどのアングルからどういう意図で、という多くのカメラマンが命を削っている部分を忘れている。
同じことを指摘したコメントは削除されていたが。
技法への批判は、多くの方がされているのでこれくらいにしておく。
滝本氏とその後のコメンターの指摘どおり、おそらく次に取材に応じてくれるところは、なかなかないのではないかと思われる。
大手ないしはそうでないところでも、スポンサーになろうとするところは乏しいだろう。
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手元にある朝日文庫「オウム法廷」(降幡賢一著)の中から、山本直子被告の部分を引用する。

法廷が混乱したのは、弁護人がこれからの生活設計について聞いたときだった。
「まず、罪の清算をしなくてはいけない。でも、被害者の方に何をしてやれるかというと、ないですよね。できることはひとつで、自分が生きること? 自分が生きることで、世の中に貢献してゆくしかないというか、自分の才能を一番生かせる環境で使って‥‥。それで、私、仏教に対するあこがれがありますから、チベットへ行って(麻原被告以外の)新しいグルにつきたい」
オウム真理教信徒に共通して言える現実感のなさ。自分がしたこと、それによって自分が置かれている立場、罪の意識というようなものが、被告にはまるでないのだ(前掲:78頁)。

最後にいいたいことを、と言われて被告は、こう言った。
「そうですね。犯罪を犯してしまったのは、自分たちだから。だれのせいにもできない。でもみんな必死だった」
最後まで、言葉はかみあわなかった。

更に続ける。山本被告の最終陳述である。
「オウムのひとたちは、人を困らせようというのではなく、助けたいという純粋な気持だった。これからも、犠牲になった人たちだけでなく、いろいろな人たちに尽くしてゆかないといけないと思うので、騒ぐだけでなく、本来の救済の場を、オウムの人たちに再び与えて下さい」と、涙にくれて訴えるのだった(80頁)。

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オウムに関する本は沢山あるが、今回、どうもこの部分がひっかかって仕方がない。
現実感のなさ。幼稚さ。
最後までかみあわない言葉。

posted by 黒崎 at 05:52 | TrackBack(1) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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オウムのこと
Excerpt:  麻原彰晃の死刑が確定した。 地下鉄サリン事件は1995年3月20日だったが、私
Weblog: 翻訳blog
Tracked: 2006-09-16 17:51
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