2006年05月12日

工作員と浮遊層

黒崎@工作員と浮遊層

巨大掲示板では、工作員が湧いた、という言い方をする。
情報操作が日常になっている場であるから、その真贋を見分ける術は下手な通信社の編集委員よりは確かにある。「踊らされた新聞配達」という文芸作品があったかどうか。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」のニコルソンは流れ者、ホーボーであった。
一方、付和雷同というかあちらこちらに浮遊している層も少なからずいて、長期的に見てゆくと固定ハンドルもしくは実名での信用は減じている。
基本的に定点がないこと、当事者ではないことからの無責任と、更にその時その時に場を仕切りたいがためなのだろうが、果たして実生活ではどんなものなのか。
オウム関係の本を読んだところで、その本質的な理解ができているとも思えなかった。
もしかすると一部の彼らにとっては、ネットこそが現実なのかも知れない。
滝本弁護士が指摘する、「現実感のなさ」という言葉を思い出す。

私は、あそこのコメント欄にはかねてより工作員が潜んでいると考えている。
応援の仕方が妙に、自己啓発セミナーの同志のような匂いがあって、時々出没してはまた消えてゆく。理論的に応援するということができないから、継続性がないのである。
それを眺め、これで名誉が回復したと考えるのは早計だろう。
鮫島氏が端的にまとめたように、この後の総括が問題である。
そして具体的な事実が明らかにされなければならない。
http://blog.livedoor.jp/soul_shadows/archives/50194102.html


posted by 黒崎 at 08:32 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする
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