2006年04月26日

未だ無明の章


黒崎@未だ無明の章

松永インタビュー、一度目を読みました。
これがジャーナリズムかと言えば、決してそうではない。
仲間内で、ジャーナリズムごっこをしているにも似て、問題意識も分析も極めて甘い。
が、個別的にはとても興味深い。そして同時に、とても空虚な後味が残ります。

今回のそれは、佐々木氏、R30氏、泉氏などが、先輩である松永氏のご高説を伺うというスタイルをとっています。
やや大雑把に言うと、皆同じところにいる。仲間である。同類でもある。
ただ得意技が少しづつ違っているに過ぎない。
インタビューというのは、反射的に自分を語ってゆく作業です。
そういった視点から眺めてゆくと、参加されている方々の思想・世界観、実生活での経験やこれからの生き方を暗示している部分もある。苛立ちも。揺らぎも。

またこれは、今ネットや実社会で起きていることの反射的な総体、その断片でもあります。端的に言えば、ネットとカルト。カルトと政治。
90年代終わりに「カルト資本主義」という本がありました。そこにITの要素が加味され、「ITによる未来社会論」「参加型ジャーナリズム」などという幻想がばら撒かれているのがここ一二年です。技術万能論は、ニューエイジ思想の系譜に繋がっていますが、例えばこれがジャーナリズムの世界に援用されますと、「カルト・ジャーナリズム」「カルト民主主義」に簡単に転化してゆく恐れが常にあります。
現実社会での格差が一般的なものとなり、擬似であっても平等でいられるのは今やネットの上でしかない。そこでは誰しもブログを持てるしジャーナリストになれる。投資家にもなれましたね。
ライブドア事件の後、今こうした問題が噴出していることをどう評価すべきなんでしょうか。
そんなことを考えています。


本インタビューは一方で、総力をあげての情報戦の一面もあることに注意した方がいいでしょう。今までネット上で議論になっていた具体的な疑惑についての返答は、何一つされていません。
一例をあげれば、泉氏とご親友ume氏のぶちあげた、報道機関設立の企画書などは、松永氏などの深い影響にあったのではないか。
泉氏に12月までいたというスポンサーは、個人か団体か、またなんの目的だったのか。
オウムとの関係を噂されたことを理由とするume氏の自己退職は事実だったのか。
その原因は黒崎(私ですね)のコメントにあったとされていますが、その箇所の具体的な指摘はされず、裁判の問題であるからと未だ泉氏のブログには掲載されたままです。
時事通信湯川氏の件については、いわずもがな。
何も終わっていないし、明らかにはなっていません。
話は何時も具体的な事実に基づいてすべきでしょう。出来の悪い物語はもう結構かな。
私個人としては、松永氏の精神世界にも興味はありません。


彼らは松永氏の宗教観を拝聴しながら、手垢のついた理論で論点を拡散させてゆこうと
します。曰く信教の自由(佐々木氏)、我が内なるオウム(R30氏)などです。
泉氏を評価する声もあるようですが、私はそれには同意していません。再びプロバガンダの舞台として使われた可能性は大いにある。
いずれにしても、社会性が圧倒的に欠如したインタビューであったことは否めないでしょう。
これがブログ言論の実態だという。そんなことはないので。

#R30氏、ブログのコメント規制、もしかけておられるなら解いて欲しいですぜ。


初出:Apr 24, 2006 11:38:42 PM
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/04/gripblog_2b25.html#comments
posted by 黒崎 at 08:08 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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