黒崎@風呂について
何年か前だったろうか。
ワンルームに住む30代後半の男の部屋を訪ねたことがあった。
立錐の余地がないほどに散らかっている。
饐えた匂いが何処からかと言えば、朝方出せないゴミ袋であったり、その中に詰め込まれた洗濯物だったりした。
小さなベランダはそれで埋まる。
訪ねたのは夜だったのだが、私はまず窓を開けようとした。
力を入れてもひっかかり、サッシはかなり重い。
PCが複数あってそれぞれに回線が繋がっていた。
一日中ネットに繋げている。
サイト名を教えてはくれなかったが、自らHPを作ってもいたらしい。
MacOSの素晴らしさとWindowsの退屈さを彼は語る。
Adobeの歴史を話してもくれるのだが、彼の知識はどこか偏頗で、例えばそれで何をするか、したかということはない。
かつては棚だった辺りに、膨大なCDとDVD、それから延滞の催促の封書が積み上げられていた。
母からの手紙もである。
彼は風俗の話をする。
池袋のなんという店では自分は顔だったと。
彼女にマイミクを申し込んだのだが、暫くして音信不通になったのだと。
店の前で立っていたら何時の間にか警官がきて、それからのことは覚えていない。でも黒服には勝ったんですよ。
住むところは彼なりに拘りのあるところである。
拘りとは、育ちがいいと一般には言われる有名私立、その下からゆけるような箇所の近くで、その傍にいることがなんとはなく安心をするのだと口にしていた。そうした意味での自己認識は時折ある。
と同時に、自分が結婚をするなら大手銀行や商社に勤める女性で、しかも必ず処女でなければならないのだと力説をしていた。
フリーや派遣などはもっての他なのだと。
彼はヤフオクで、いくつかのものを転売している。
主に発売されたばかりのゲーム機器とそのソフトで、その利潤を青色申告するのだと主張している。今はその勉強をしているのだと。
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バス・ルームを開けると、便座の色がまずは定かではなかった。
流しているのかね、と尋ねると、時々流れないことがあると言う。
その時は大家さんがきて直してくれるんです。
狭い化粧台には整髪料とコロンが並び、その種類と匂いを自慢していた。
デパートまで行って買うのだと。
綿パンの履きこなしがいい。
と電車の中で暫く前、若い女性が自分を見て噂していたのだと笑う。
シャワー・カーテンは黒くなっていて、立って入るしかない風呂である。
私は、靴下のまま入ったことを後悔していた。
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どうだろうか、と連れが言う。
薬を勝手にいじるのは不味いよね、と私は答える。
都合のいいところを転々としていてね、母親がそれをまた信じるんだよ。
そうかもしれないね。
私たちは少し俯きながら、グラウンドの裏手の路地を歩いた。
その向こうに車を停めている。
そこは中学や高校のある近くで、誰にとっても懐かしい、緑色のネットが水銀灯にたるんでいる。
夜には、緑色にみえない。