2006年10月17日

乗換駅

黒崎@乗換駅


くりかえすものがあって、それは夜汽車の音である。
慌しく乗り降りするホームの雑踏である。
夜の飛行機は寂しい。
送るものもゆくものも。

大黒様は誰だろう 大国主のみこととて
低く歌いながら、私もまた毛を毟られた鶏のようになって歩いていたことを思い出した。

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posted by 黒崎 at 19:48 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

十月

黒崎@十月


空港のレストランで食事をしたのだという。
それを喜んでいる女がいて、どうしたものか迷った。
背後にあるのが幾重にも折り曲げられた女心だとしても、眼に見えるやり方というのは次第に下品になってゆく。

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posted by 黒崎 at 19:47 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

長い余話

黒崎@長い余話


ネットとカルトを語る際、「境界例」という概念を理解しておいた方がいいと思っている。ざっと調べてみてください。厄介でゴンス。
「転移」と「逆転移」そして「対人関係の操作」

加えて、盛んに脱洗脳の困難さを語る人がいた場合、その中に社会的論点の拡散と、何処かで見た「我々も皆同じ」という誘導が含まれていないかを注意深く点検すべきだろう。文中に「生き方」とか「知性」などという単語が唐突に入ってきたら、それもまた要注意である。
誰かを権威にして、それによってお墨付きがついたと話を流すことも、当然のことながらおかしな話である。

次に、アルファ・ブロガーとかいう呼び方は誰かが人為的に作ったものであることを想起されたい。何のためにであったのか。
例えば切り込まれた級長という方がいるが、彼が新聞紙面に載った時のプロフ、資産○○億の個人投資家ということを、ネットで今誰が真顔で信じているかというと今は昔である。あれはネタ、あるいはヤラセであった。
一日二万PVと日経BPのプロフに書いたガ島通信氏は、カウンターを二回くっつけていたことを読者に指摘されてもいた。

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同様に、ブログ界などということを煩雑に語る方も、やや眉に唾をつけて眺めていた方がよさそうだと私個人は考えている。
以下、書きかけであるが掲載してみる。

黒崎@Masuqurade 4


http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20061014
氏の日記を眺める。
冷えたカツ丼をかっこむところが文学的である。時折氏は、とぼとぼとスーパーへ夕食を買いにゆく描写を入れているが、ま、話半分と眺めていた。
私とそう変わらない世代である。
氏は時々こちらに言及されていて、例えばこんな按配だった。
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20060314/1142293967
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/searchdiary?of=3&word=%b5%c8%cb%dc%ce%b4%cc%c0
この他にもあるらしいが、割愛。
先日YOLにその筆名が取り上げられていて、その後に書かれたものがこれである。
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20061011/1160563061
ブログを論壇と眺めるという仮説。
その中で「庵」を構築しているという構図だろうか。

思うことはいくつもあるが、
「一つはオウム真理教の信者のブログなどネットでの活動です。彼らがオウム真理教を今でも新メディアを使って強く宣伝しているという意味ではありません。オウム真理教の信者はある意味で知的な階層に所属しており、その活動と過去の出来事をどう取り組むのかどう市民と対話していくのか、そのあたりを日本のネット社会はどう受け止めていくのかという問題です
という部分は、氏の基本的なスタンスを示している。

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「知的階層」という単語に私は着目している。
そして、知の方向を問わない、ということにもある種の特徴があるように思える。つまりここから導かれるのは、「知的」カルトとの対話・共存への模索であろう。
残念ながら、私はこの辺りに氏の限界を感じざるを得なかった。

例えば無料ブログ、もしくは「はてな」というツールやプラットフォームの上に構築した庵の安泰、もしくはそこから連なる知の形成を論壇に擬しているだけではないのかという疑いが生じても不思議ではない。
これらは氏のMix論やオーマイニュースへの反応を眺めていると、皆何処か繋がっていることに気がついてゆく。

ネットが今後益々社会のインフラとして認知されていった場合、それは知的ツールでのみあろうとすることはもはや不可能である。
カルトツールであったり、詐欺のツールであったり、ネズミ講の格好の道具になっているのが現状で、その意味ではガ島氏が「Mixはやはり表」と今更言っているのは牧歌的であった。

個人的な立場を言えば、知的カルトとのネット上での対話や共存はごめんである。というのは、以下作成途中也。

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posted by 黒崎 at 19:30 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

あした浜辺をさまよえば

黒崎@あした浜辺をさまよえば


昔のことぞ 偲ばるる
風の音よ 雲のさまよ
よする波も かいの色も

というのが「浜辺の歌」(林古峡 作詞)である。
二番は、ゆうべ浜辺を もとおれば
から始まっている。
何時だったか若い者と一緒に城ヶ島の方へ車を走らせた。
横浜横須賀道路というのは、暫く進むと鬱蒼とした森の中を通る。
トンネルを抜けてゆくにつれ、海の匂いが近くなる。

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ところで、先の「夜話」が載った後というか早急にというか、どうも末期的様相を呈しているようである。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&diff=8300700&oldid=8237786

履歴
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&action=history

私を含め、多くの読者は推移を注意深く見守っている。
自分の人生だ。好きに使えばいいだけのこと。

かつて、「はてな」のキーワードを複数人が自在に編集し、我がものとしていたことは案外に知られている。2004年頃の当該ブログを眺めると得意そうなその戦果が残っていたりしてかなりなものだが、取り巻く情勢はすっかり変わってしまった。ブログブームも過ぎる。
そこへきて上記であるから、バンザイ突撃とそう変わりがないという声もあるのだが、昔から大衆芸能の世界では端的に「落ち目」と呼ぶ。

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愚痴じゃなけれど 世が世であれば
殿の招きの 月見酒
男 平手と もてはやされて
今じゃ 今じゃ浮世を 三度傘

大利根月夜(藤田まさと 作詞)

posted by 黒崎 at 17:13 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

大黒様

黒崎@大黒様


一連の流れをみていると、大筋では極めて単純な結末になってゆくだろうという感触がある。ただそれが、やや複雑で僅かに時間がかかるように見えるだけではなかろうか。

例えば以下のような発言がどこかにある。
「すなわち、単に「ちょっと違ったところでおもしろい話が聞けて、それを皆さんにお伝えする」というだけの気持ちで参加したものであり、それ以上でもそれ以下でもありません」

これはシンプルに考えれば「広報」である。彼は頼まれもせずに広報をかって出たのであるが、それは自らがかつて最も得意とするところであった。
一年前には全盛であった「参加型ジャーナリズム」なるものの旗振り役が、押並べて「広報」の分野に転出していることを想起すると、微妙に興味深いところがある。
背後にいた仕掛け人は、表向き関係がないというような顔をしているのも面白い。

一方、Wikipediaでは、時間をかけて編集が進みつつある。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&oldid=8237786
未完成の、概要。
この目次に着目していただきたい。それから外部リンクである。
編集に失敗し、その後いくらこれは「真理」ではないと言ったところで、誰もWikipediaにそれを求めている訳ではないのだから、ほとんど説得力は乏しいものだった。

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いずれにしても、掲示板でどれだけ煽ろうと、黒鮫乙をくりかえそうと、そこは原則的に流れる場である。いくつかのまとめサイト並びに上記Wikipediaがここではとても重要な意味を持ってくる。

ネガティブなイメージの付随したブランドは使いづらい。
既にブランドとしての機能は果たしてもいない。
営業活動と自分の志向・趣味を同一平面でできると思っているとしたらそれは子供で、そこには広く交友関係も含まれている。
友人のように振舞う彼らが騒げば騒ぐだけ、その唯一の支えである筆名というブランドに疵がついてゆく。
世の中がいっぺんにひっくり返るということはないのであってね、もっと旨くやりなよと言いたいところもあるのだが、あれもこれもに手を伸ばす。


#ここで「子守唄」に戻る。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/25623472.html
posted by 黒崎 at 12:39 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

波浮の港

黒崎@波浮の港


磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃかえる
波浮の港にゃ 夕やけ小やけ
明日の日和は
ヤレホンニサなぎるやら

昭和初期、「新民謡」と呼ばれる一連の歌が流行した。
4年、大学卒業者の就職難深刻化。我が国初の国産ウィスキー発売。
5年、金解禁。浜口首相狙撃さる。
6年、のらくろ「少年画報」に登場。オールトーキー映画「マダムと女房」
東北地方冷害。身売り増える。
7年、上海事変。満州国建国。
ざっと並べてみたが、「波浮の港」もこの頃の作である。
野口雨情作詞。中山晋平作曲。
二、三と続いてゆくのだが、主軸は島の娘たちである。

風は西風 御神火おろし
島の娘たちゃ 出船のときにゃ
船のとも綱
ヤレホンニサ泣いて解く

帯を解くという言い方があるが、作詞家はそこまでを語ってはいない。

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posted by 黒崎 at 11:38 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

出船

黒崎@出船


私はどういう訳か古い唱歌や歌が好きで、あなたは一体幾つなのだと時々聞かれる。いやいや、昨今掲示板で盛んに煽られていますが、髪の毛はありますよ。染めてもいない。
面白いと思ったのは、黒崎が牛丼だけを食べて生きているとか、女性Webディレクターが堅気でないとか、三井とか三菱(なんという古典的な例えだろう)とかにお勤めの女性が黒崎の話に出てこないとか、であるから黒崎は堅気ではないんだろうとか、一生懸命にそちらの方面に話をもってゆこうとする方々の発言であった。おつかれ様でゴンス。
黒鮫上祐派説はどうなったのかなあ。


象のうんこを眺めにゆこう。
と誘って旨くゆくかどうか。
それは実は旨くゆくのであって、30代の終わり、それは冬だったが、妙齢ひとりと上野界隈を歩いた。
精養軒でビーフ・シチューを食べてそれからどうしたかは忘れたが、半ば正装した場末気分というのはそう悪いものでもなかった。
白いコートを着ていて、何故だかわからないがコートというのはロマンチックに思えた。

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文章の背後から、その人たちの生活や思考が滲み出てくることがある。
それは並べられている理屈ではなく、流行りもののそれでもなく、柄と品のようなものなのだが、そうした意味からは決して交わらない川と道であるかのようにも思える。

posted by 黒崎 at 11:37 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

子守唄 2

黒崎@子守唄 2


ゆりかごの歌を かなりやが歌うよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

というのは、北原白秋の作詞である。白秋の子守唄は感覚的であるが、とりわけ色彩感に優れていて例えばその最後はこうだった。

ゆりかごの夢に 黄色い月がかかるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

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posted by 黒崎 at 11:06 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

子守唄

黒崎@子守唄

大黒様

おおきな袋を肩にかけ 大黒様がきかかると
ここにいなばの白兎 皮をむかれて赤はだか

大黒様はあわれがり「きれいな水に身を洗い
蒲の穂綿にくるまれ」と よくよく教えてやりました

大黒様のいうとおり きれいな水に身を洗い
蒲の穂綿にくるまえば 兎はもとの白兎

大黒様はだれだろう 大国主のみこと とて
国をひらきて世の人を 助けなされた神様よ

(石原和三郎 作詞:田村虎蔵 作曲 明治30年代)
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#ま、そういった按配で。
遠く低く歌う。
posted by 黒崎 at 10:28 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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