2006年10月01日

12のタイプE

黒崎@12のタイプE


港区の住宅街の中にガラス張りの店のようなものがあって、そこに一台のタイプEが停まっている。
口が大きいところを見ると、シリーズ3、12気筒のそれである。
ゼニス・ストロンバーグのキャブが付いた北米仕様の紺色だった。

なんてことだろうな、と思いながら時々それを眺めている。
NYの冬の手前、幌をつけたクーペを見かけたことがあって、セントラルパークの右左、レノンのアパートがあった傍だった。
少しばかり汚れていて幌も新しくはなかったが、12本もあればひとつやふたつどうでもいいのだと思えた。

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posted by 黒崎 at 20:20 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

夜の雲たち

黒崎@夜の雲たち


一日仕事をしていた。
髭を剃っていない。
タウリンと風邪薬と、明日までのメールと添付ファイル。

食事をしにゆくのだが、運転が億劫で車を拾った。
閉まっている銀行の前に青いシートを被った浮浪者がいて、彼も寒いのだろうと考えた。
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posted by 黒崎 at 20:12 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン

黒崎@ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン


「あ、雨が突然降ってきた」
「暫くすると、こちらにくるな」
「どうして雨なの」
「ま、大人だからじゃないか」


「いくつから大人なの」
「ひとによるよな」
そこで、毎朝小便をするに困らなくなった頃からなにかが始まると説明したかったのであるが、割愛した。

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posted by 黒崎 at 20:08 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

10月はふたつある 2

黒崎@10月はふたつある 2


といった按配で、人生は無駄の集積だろう。
ブログなどもその最たるものだが、それはそれ。いずれ別のところに流れてゆくのかも知れない。ただ、場がどうであれ、そこに残されたテキストというものはひとつの世界を形作るもので、それは書き手の個性・世界観に他ならない。
誰にとってもそうである。


#話は違うが、「現実を虚構化したのではなく、虚構を現実化したものがナチズムであった」と指摘している方がいて、成程と思った。
この言葉は覚えておいて損はあるまい。
「虚構のナチズム 第三帝国と表現文化」(池田浩士著:人文書院)

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posted by 黒崎 at 19:58 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

10月はふたつある

黒崎@10月はふたつある


さて、貧乏臭い話ばかりで飽きてきた。
貧乏と貧乏臭いというのは明白に違うが、高い酒を飲んだ後、なんとなくファミレスに入り、ドリンクバーを馬のようにお代わりするのが過酷な青春の名残というものである。

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E500では数百キロ走った。
ローで70.セカンドで130程。DOHCのV8は音もなく廻る。
直角にハンドルを切ると、すこし湿った感じで尻が流れる。そのままだと横になってゆくのだが、一瞬ESPが点滅した後、若干のカウンターを当てるだけで速度が上がる。
ブレーキはAMGよりもよく効いた。AMGではステンレスホースに換えてあっても、踏み始めの辺りが僅かに曖昧で、空冷時代のカレラと似たような感触が残る。
124メルセデスのボディを振り回すのは、まず無理だと考えていた方がよく、スタジアム横のコーナーでもフェイントをかけたりはしない。あそこはよく滑るのである。

初期型の500Eの試乗記がCGに載ったのは確か91年の秋くらいで、当時の編集長の熊倉さんがドイツに飛んでものにしている。写真はあまり旨くなく、走るのに忙しくて小型カメラで撮ったかのような出来であるが、この発色はコダックだっただろう。
124のボディに500SLのV8を押し込んで、内部を徹底的にチューンする。友人の260や320には何度か乗ったことがあったが、ちょっと別次元の剛性感である。とりわけハンドリングはメルセデスの常で安定志向に振られているが、その奥に不思議な味がある。40で走っていても100を超えていても、路面の状態が伝わってくるのである。
この車がマニアからある種神格化されているのも分からないでもない。

ただ、一度500Eや後期型E500に乗ってしまうと、メルセデス欲しい病は大分治まるという話もあって、それも理解できないこともなかった。
325馬力で0−100が6.1.それより速い車はいくらでもあるが、4人が確実に乗れて内装もそれだけのものに仕上げようとする、ある種民族的な完全主義には向き不向きもある。
T-34に影響を受けて出来たパンターではなく、どちらかというとタイガーみたいなものかと思ったりもしていた。
それをもっと過剰にしたAMGの6.0もあった。確か60台輸入されているという。AMGジャパン立ち上げに関わった彼が、当時のカタログを見せながら言っていた。

車なんてのは男の玩具か見栄の道具である。
昨今は女性にも当てはまるだろうか。
ヒールを脱ぎ、靴を履き替えた妙齢がいて、あやうく惚れそうになったことが30代の頃にあったが、賢明にも思いとどまった。
タイト・スカートだったからだったかも知れない。
彼女はルノーの速い奴に乗っていた。

C2のループコイルのないところで何キロ出たとか、首都高速池袋線、ホテル「ルミネン」のあるコーナーをどれだけで曲がったとか、何の得にもならない。
が、そういうことに一定部分で血道をあげる時間というものもあって、つまりは無駄である。
先のそれは「ルミネン・カーブ」と北の方に生息している奴等は呼ぶ。
西へゆくと「ホテルニュー京浜」前は直線なのでそういうことにはならない。

昨今、腕時計がそうした世界に入ってきている。
例えば酒場で何を頼んだかということも似たようなもので、隣に妙齢がいればと夢想させるのは雑誌作りの定番でもあった。社会復帰は酒場から始まる。

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posted by 黒崎 at 09:15 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

コートームケイ

黒崎@コートームケイ


カタカナで書くとまた違うものである。
どうもその筋の方々の想像というのは何処か現実離れしているように思える。
私やWikipediaを編集されている方が仮に上祐派であったら、君、かつての同僚じゃん。
どこかでお会いしましたね。

ある時はプロのジャーナリスト。
ある時はプロ意識のあるなんとか。ブログ界なんてもなあ、とかイウ。
しかしてその実態は、女の敵とも人間のクズとも呼ばれ続けて20年。
風邪引いてへろへろなのであった。

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posted by 黒崎 at 08:14 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

Wikipedia顛末

黒崎@Wikipedia顛末


さて、Wikipediaの方は対処がなされたようである。
おつかれさまでした。

>(*特)松永英明 - ノート
2006年9月21日 (木) 05:03 (UTC)の版、および2006年9月21日 (木) 05:05 (UTC)の版について。プライバシー侵害かつ虚偽。私の勤務先を書いた上で、「オウム疑惑」なるものを書いているが、そのようなものは存在しない。問い合わせを受けたこともない。-- 崎山伸夫 2006年9月21日 (木) 15:08 (UTC)

(削除) 依頼人票 --崎山伸夫 2006年9月21日 (木) 15:08 (UTC)
(削除) 項目と無関係な記述。--元諜報員 2006年9月21日 (木) 19:43 (UTC)
(緊急即時特定版削除)プライヴァシー侵害。--Maris stella 2006年9月22日 (金) 04:40 (UTC)
(対処)2006-09-21T05:03:51(UTC); Alex777 版以降を松永英明/削除20060930に削除しました。nnh 2006年9月30日 (土) 04:46 (UTC)

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http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&action=history
現在は複数人による客観的な編集が進められているようだが、この履歴には暫く注目である。

一方、こちらも見ておくと大体の構造が分かる。
http://d.hatena.ne.jp/psycho78/
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/

ご本尊の一見よくできた弁明についてはこちら。さすがオウムに対する住民運動への対応窓口をしていただけのことはある。
http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20060930/1159571639

巨大掲示板の当該板では、物量にまかせた挑発と誘導が続いている。
最近面白い傾向があって、なにかというと「黒鮫乙」と言う。
あたかも黒崎と鮫島が30人も複製されたかのようである。BB氏に対してもそれは似たり。また、黒崎が上祐派であるとの疑問も呈されていたりして、ふーん、それを一番気にしているのかしらね、というような按配でもあった。退屈な陰謀論である。しかも視線が内側を向いていた。
彼ら希望の星は、表向き出てこないのだが、何繋がっていると見るのが世間の常識であろうか。手下(てか)は喋りすぎるのが玉に瑕である。

posted by 黒崎 at 07:55 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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