2006年10月30日

ニート40のブルース

黒崎@ニート40のブルース


#どうしてこうなったんだと、枕を濡らす夜もある。

これはなかなかの名文句である。

なーんで なんで なんでー
どーして どーして どーして
僕の恋人 東京へいっちっち

という歌が高度成長真っ盛りにあったが、私は今、ピーナッツの歌を聴きながらそのCDを捜しているのだった。

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posted by 黒崎 at 23:31 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

捨てる

黒崎@捨てる


ひとつエントリーを書くと、その断片を引用して巨大掲示板に煽りが現れる。そこで自演しているという触れ込みである。
彼らが何処を引用し、そしてしないのかを眺めてゆくと、ナルホド琴線に触れたのがどのあたりだったのかが分かる仕組みになっている。
ブログの世界では、数日後にちがう形で顕れる場合もある。

黒崎が掲示板に書き込みをする必然性は乏しい。
やろうと思えばできるのだがしないことを、一般に美学という。
Wikipediaの編集は誰がしてもいいが、そこに本人もしくは極めて近い人間が参加することはやはり恥ずかしいことである。
民主主義と衆愚とまで言っていてそれはないだろう、と一般には呆れても良いものと思える。
自分のサイトに自分史を書けばいいだけのことだった。

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であるから、どうも最後のところでいわゆるプロ意識というものが希薄なのではないかという気がしてならない。
自らの個性を殺すこと。場合によってはより便利な道具(この場合には筆名)を使うこと。客観的に死んだブランドは捨てること。
そうした発想に至らないのは、ネット上での自己同一性に必要以上に拘っているからでもあるのか。
これを自尊心と呼ぶひともいるが、職人とは本来無名のものである。
posted by 黒崎 at 23:12 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

底の個性

黒崎@底の個性


http://www.aleph.to/saint/100/index.html
あるときここを暫く眺めていると、薄っすらと見えてくるものもある。
ライティングに注目していただきたい。
一方でこれが、別のかたちを採った場合、あるいはその原型の個性というものが、あれやこれや水増しされて繰り返されているのだと思うこともある。


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posted by 黒崎 at 21:05 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

ヤメ記者は語る

黒崎@ヤメ記者は語る


http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20061015/1160931317

ガ島通信氏が久しぶりにガ島節をかなでている。
読者は注意深く読んでいただきたい。
結構な煽りと申しますか揶揄が連なっていて見物ではある。

一見味方のフリをして巧妙に足をひっぱる。
彼はかつて、自民党がこの選挙で圧勝したのは利益団体である労働組合が崩壊したからだと、いかにもNTTの関連に転職した人間が会社から誉められそうなことを書いていた。某議員にも擦り寄る。

旨く立ち回ったツモリなのだが、まあ手の内バレてますから、緩やかにそうもゆかない。
それよりも私は、この世代、いわゆる仁義というものが皆無なのだなという印象を持つ。指折り数えて、いやそれはブログブームに乗った彼等だけだったかも知れないのだが。


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posted by 黒崎 at 20:57 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

半月

黒崎@半月


つまりは野暮なんだな、ということであろうか。
粋と野暮のあいだ、というのは判別し難く、野暮を恐れていてそれにはならないが、かといって岩波に線を引いたから理解できるものでもない。

ここで具体例を挙げるのは酷だろうが、例えばWikipediaの芸名を本人自らが執拗に編集する行為は明白に野暮である。
その癖、かつてのプロバガンダ的思考は今はないのだとノベても誰も信用はしない。
一緒に飯を喰った友人に代行させればいいかというと、それも人選で、本人は「はてな」のキーワードで延々と自画自賛をしていたりする。
こういった遊び、あるいは狭い世界でのぐるぐる巻きは、遠くから眺めていると非常に切ないものがあって、だいじょぶですか、と問いかけたいところもあるが、聞く耳を持たないブクマ450であるから致し方ないようだった。
我等のブクマヒーローは、肌もすべすべなのだと自分で書く。
こうなると、野暮というよりもまた違うニュアンスが滲んでくる。

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posted by 黒崎 at 18:46 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

ぬるい水

黒崎@ぬるい水


旅が続いたのですこし疲れた。
最低のことだけをして漠然としている。
先日は5分で放置車両のシールを貼られ、要は外界に対しての注意力が低下しているのだろうとおもわれた。
ま、人生とはこんなものである。

中国本土の国が出来た祭というのがあって、そのコースを食べる。
時にはそういうこともする。
数人でウィスキのボトルと同じくらいであるのだから、そう無駄であるとも言い難く、この辺りが歳を取った証であるのかも知れない。
とあるホテルでは別館のバーカウンターが禁煙になって、その癖シガーを売っているのだから面白い。

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いわゆるブログ界というものに、少し飽きてきていた。
巨大掲示板では相変わらず「黒鮫乙」と「大黒乙」であるが、黒崎も鮫島もこの名前で仕事をしている訳でもない。勿論この二人は別人である。
仕事あるいは商売でサイトもしくはブログを使うとするならば、それなりのデザインを施すだろう。名刺に携帯番号だけやフリーメールだけを書くことはしない。最低限度ドメインを取るものである。
そうした観点から眺めると、いわゆるブログ界の言論というのは複雑な構造になっていて、大まかに言えば既成の無料プラットフォームの上で遊んでいるに等しい。そこで争われるのは、ひとつのコップの中のゲームである。
自分の入っているコップが無意識にデフォルトとなるのだろう。

例えば切り込まれた級長の如く、一時はそこから滲み出して外界を語ることもあるだろうが、長い目で眺めると元の木阿弥と申しますか、半ズボンに戻ってゆく。悪いが今、新書にも色物はある。

一般論であるが、大体にして「知的」という単語には気をつけた方がよく、頼まれもしないのに学部から院へというような私語りをするコメンターが集まる。
そうした動機は、自らは知的だと思っているのにそれに相応しい処遇が実社会で得られていないところからくることも多く、文中に必要もないのに書籍からの引用を繰り返し張ることで知れたりする。
引用も構わないのだが、それが肉声になっていないところが困る。

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posted by 黒崎 at 18:00 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

自己実現の夜ダカラ

黒崎@自己実現の夜ダカラ


冷たい目でみないで
と、夕暮れのスーパーで冷えた弁当を買い込む。
戻って原稿を書くのだ。


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posted by 黒崎 at 12:08 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

おんなのあいしゅう

黒崎@おんなのあいしゅう


目尻のシワには、いろんなものが詰まっていると誰かが言った。
それは愛だろうか。
と、いうと、バカいってんじゃねえと怒られた。
なんでもいいんだ。
人生は愛だ。
または、シワだ。

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posted by 黒崎 at 12:06 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

シビルシック

黒崎@シビルシック


十一月が近い。
僅かに街路が色づいているが、東京ではまだこれからで、晴れているとすこし汗ばむ。

暫くネットを離れていると、成程ここは特殊な世界ではあるのだなという何百回目の感触を抱いた。
よくやるよね、君たち。ひとのことは言えないが(以下リフレイン)。
どうでもいいよね、そんなこたあ。

ニート40のブルースというものがあって、社会に受け入れられない悔しさを特定の対象にぶつける。誰々と知り合いであることを誇らしげに語り、一日中ネットにへばりついているらしいのだが、ああ母校は泣いているぞ。親もですが。
その友人にしても似たようなもので、テクニカルライターであるのだが、三文文士であるとノベル。とっちゃん坊や丸出しの顔を出したりして、手元にリモコン抱えていればムーの少年読者には受けるだろう。
それにしても、やることなすことセルフ・ブランディング失敗の見本のようなものであるが、今まではなんとかなってきたんだろうなあ。
ま、いいんだけど。もうすこしやり方もあるだろうにと他人事ながら思う。

それにしても、これらを「知的な階層」と評するセンスはいかがなものか。
朝日社説を笑えまい。

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コップの中の嵐だと、隣のコップが言う。
ブクマがどうしたこうしたという話も、ブロガーとしての芸風の限界を露呈したようなもので、例えば無理したダダイズムのようなものかと私には映った。ダダというのは既成秩序をひっくり返すことを目的としていた芸術運動のひとつであるが、それがひとつの技として定着してしまうとほとんど伝統芸能である。中年以降のダダは、無残な結果になることが多かった。
すなわち本質的に青年期の文芸・芸術なのである。

例えば女を買うことを主題のひとつにしているブロガーがいるが、今の時代、買われる立場に立ってみるというのも一興だろう。
一見毒があるように見えながら、実は食い足りないところがあって、それが何故なのかを考えると、地の文章の背後にある無意識の対立軸、それから二枚目意識ではないかと思えた。

と、芸もなく安い毒を並べてみる。
真面目に文を書く場合でもなかろう。

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posted by 黒崎 at 11:25 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

乗換駅

黒崎@乗換駅


くりかえすものがあって、それは夜汽車の音である。
慌しく乗り降りするホームの雑踏である。
夜の飛行機は寂しい。
送るものもゆくものも。

大黒様は誰だろう 大国主のみこととて
低く歌いながら、私もまた毛を毟られた鶏のようになって歩いていたことを思い出した。

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posted by 黒崎 at 19:48 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

十月

黒崎@十月


空港のレストランで食事をしたのだという。
それを喜んでいる女がいて、どうしたものか迷った。
背後にあるのが幾重にも折り曲げられた女心だとしても、眼に見えるやり方というのは次第に下品になってゆく。

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posted by 黒崎 at 19:47 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

長い余話

黒崎@長い余話


ネットとカルトを語る際、「境界例」という概念を理解しておいた方がいいと思っている。ざっと調べてみてください。厄介でゴンス。
「転移」と「逆転移」そして「対人関係の操作」

加えて、盛んに脱洗脳の困難さを語る人がいた場合、その中に社会的論点の拡散と、何処かで見た「我々も皆同じ」という誘導が含まれていないかを注意深く点検すべきだろう。文中に「生き方」とか「知性」などという単語が唐突に入ってきたら、それもまた要注意である。
誰かを権威にして、それによってお墨付きがついたと話を流すことも、当然のことながらおかしな話である。

次に、アルファ・ブロガーとかいう呼び方は誰かが人為的に作ったものであることを想起されたい。何のためにであったのか。
例えば切り込まれた級長という方がいるが、彼が新聞紙面に載った時のプロフ、資産○○億の個人投資家ということを、ネットで今誰が真顔で信じているかというと今は昔である。あれはネタ、あるいはヤラセであった。
一日二万PVと日経BPのプロフに書いたガ島通信氏は、カウンターを二回くっつけていたことを読者に指摘されてもいた。

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同様に、ブログ界などということを煩雑に語る方も、やや眉に唾をつけて眺めていた方がよさそうだと私個人は考えている。
以下、書きかけであるが掲載してみる。

黒崎@Masuqurade 4


http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20061014
氏の日記を眺める。
冷えたカツ丼をかっこむところが文学的である。時折氏は、とぼとぼとスーパーへ夕食を買いにゆく描写を入れているが、ま、話半分と眺めていた。
私とそう変わらない世代である。
氏は時々こちらに言及されていて、例えばこんな按配だった。
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20060314/1142293967
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/searchdiary?of=3&word=%b5%c8%cb%dc%ce%b4%cc%c0
この他にもあるらしいが、割愛。
先日YOLにその筆名が取り上げられていて、その後に書かれたものがこれである。
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20061011/1160563061
ブログを論壇と眺めるという仮説。
その中で「庵」を構築しているという構図だろうか。

思うことはいくつもあるが、
「一つはオウム真理教の信者のブログなどネットでの活動です。彼らがオウム真理教を今でも新メディアを使って強く宣伝しているという意味ではありません。オウム真理教の信者はある意味で知的な階層に所属しており、その活動と過去の出来事をどう取り組むのかどう市民と対話していくのか、そのあたりを日本のネット社会はどう受け止めていくのかという問題です
という部分は、氏の基本的なスタンスを示している。

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「知的階層」という単語に私は着目している。
そして、知の方向を問わない、ということにもある種の特徴があるように思える。つまりここから導かれるのは、「知的」カルトとの対話・共存への模索であろう。
残念ながら、私はこの辺りに氏の限界を感じざるを得なかった。

例えば無料ブログ、もしくは「はてな」というツールやプラットフォームの上に構築した庵の安泰、もしくはそこから連なる知の形成を論壇に擬しているだけではないのかという疑いが生じても不思議ではない。
これらは氏のMix論やオーマイニュースへの反応を眺めていると、皆何処か繋がっていることに気がついてゆく。

ネットが今後益々社会のインフラとして認知されていった場合、それは知的ツールでのみあろうとすることはもはや不可能である。
カルトツールであったり、詐欺のツールであったり、ネズミ講の格好の道具になっているのが現状で、その意味ではガ島氏が「Mixはやはり表」と今更言っているのは牧歌的であった。

個人的な立場を言えば、知的カルトとのネット上での対話や共存はごめんである。というのは、以下作成途中也。

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posted by 黒崎 at 19:30 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

あした浜辺をさまよえば

黒崎@あした浜辺をさまよえば


昔のことぞ 偲ばるる
風の音よ 雲のさまよ
よする波も かいの色も

というのが「浜辺の歌」(林古峡 作詞)である。
二番は、ゆうべ浜辺を もとおれば
から始まっている。
何時だったか若い者と一緒に城ヶ島の方へ車を走らせた。
横浜横須賀道路というのは、暫く進むと鬱蒼とした森の中を通る。
トンネルを抜けてゆくにつれ、海の匂いが近くなる。

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ところで、先の「夜話」が載った後というか早急にというか、どうも末期的様相を呈しているようである。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&diff=8300700&oldid=8237786

履歴
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&action=history

私を含め、多くの読者は推移を注意深く見守っている。
自分の人生だ。好きに使えばいいだけのこと。

かつて、「はてな」のキーワードを複数人が自在に編集し、我がものとしていたことは案外に知られている。2004年頃の当該ブログを眺めると得意そうなその戦果が残っていたりしてかなりなものだが、取り巻く情勢はすっかり変わってしまった。ブログブームも過ぎる。
そこへきて上記であるから、バンザイ突撃とそう変わりがないという声もあるのだが、昔から大衆芸能の世界では端的に「落ち目」と呼ぶ。

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愚痴じゃなけれど 世が世であれば
殿の招きの 月見酒
男 平手と もてはやされて
今じゃ 今じゃ浮世を 三度傘

大利根月夜(藤田まさと 作詞)

posted by 黒崎 at 17:13 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

大黒様

黒崎@大黒様


一連の流れをみていると、大筋では極めて単純な結末になってゆくだろうという感触がある。ただそれが、やや複雑で僅かに時間がかかるように見えるだけではなかろうか。

例えば以下のような発言がどこかにある。
「すなわち、単に「ちょっと違ったところでおもしろい話が聞けて、それを皆さんにお伝えする」というだけの気持ちで参加したものであり、それ以上でもそれ以下でもありません」

これはシンプルに考えれば「広報」である。彼は頼まれもせずに広報をかって出たのであるが、それは自らがかつて最も得意とするところであった。
一年前には全盛であった「参加型ジャーナリズム」なるものの旗振り役が、押並べて「広報」の分野に転出していることを想起すると、微妙に興味深いところがある。
背後にいた仕掛け人は、表向き関係がないというような顔をしているのも面白い。

一方、Wikipediaでは、時間をかけて編集が進みつつある。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&oldid=8237786
未完成の、概要。
この目次に着目していただきたい。それから外部リンクである。
編集に失敗し、その後いくらこれは「真理」ではないと言ったところで、誰もWikipediaにそれを求めている訳ではないのだから、ほとんど説得力は乏しいものだった。

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いずれにしても、掲示板でどれだけ煽ろうと、黒鮫乙をくりかえそうと、そこは原則的に流れる場である。いくつかのまとめサイト並びに上記Wikipediaがここではとても重要な意味を持ってくる。

ネガティブなイメージの付随したブランドは使いづらい。
既にブランドとしての機能は果たしてもいない。
営業活動と自分の志向・趣味を同一平面でできると思っているとしたらそれは子供で、そこには広く交友関係も含まれている。
友人のように振舞う彼らが騒げば騒ぐだけ、その唯一の支えである筆名というブランドに疵がついてゆく。
世の中がいっぺんにひっくり返るということはないのであってね、もっと旨くやりなよと言いたいところもあるのだが、あれもこれもに手を伸ばす。


#ここで「子守唄」に戻る。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/25623472.html
posted by 黒崎 at 12:39 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

波浮の港

黒崎@波浮の港


磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃかえる
波浮の港にゃ 夕やけ小やけ
明日の日和は
ヤレホンニサなぎるやら

昭和初期、「新民謡」と呼ばれる一連の歌が流行した。
4年、大学卒業者の就職難深刻化。我が国初の国産ウィスキー発売。
5年、金解禁。浜口首相狙撃さる。
6年、のらくろ「少年画報」に登場。オールトーキー映画「マダムと女房」
東北地方冷害。身売り増える。
7年、上海事変。満州国建国。
ざっと並べてみたが、「波浮の港」もこの頃の作である。
野口雨情作詞。中山晋平作曲。
二、三と続いてゆくのだが、主軸は島の娘たちである。

風は西風 御神火おろし
島の娘たちゃ 出船のときにゃ
船のとも綱
ヤレホンニサ泣いて解く

帯を解くという言い方があるが、作詞家はそこまでを語ってはいない。

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posted by 黒崎 at 11:38 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

出船

黒崎@出船


私はどういう訳か古い唱歌や歌が好きで、あなたは一体幾つなのだと時々聞かれる。いやいや、昨今掲示板で盛んに煽られていますが、髪の毛はありますよ。染めてもいない。
面白いと思ったのは、黒崎が牛丼だけを食べて生きているとか、女性Webディレクターが堅気でないとか、三井とか三菱(なんという古典的な例えだろう)とかにお勤めの女性が黒崎の話に出てこないとか、であるから黒崎は堅気ではないんだろうとか、一生懸命にそちらの方面に話をもってゆこうとする方々の発言であった。おつかれ様でゴンス。
黒鮫上祐派説はどうなったのかなあ。


象のうんこを眺めにゆこう。
と誘って旨くゆくかどうか。
それは実は旨くゆくのであって、30代の終わり、それは冬だったが、妙齢ひとりと上野界隈を歩いた。
精養軒でビーフ・シチューを食べてそれからどうしたかは忘れたが、半ば正装した場末気分というのはそう悪いものでもなかった。
白いコートを着ていて、何故だかわからないがコートというのはロマンチックに思えた。

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文章の背後から、その人たちの生活や思考が滲み出てくることがある。
それは並べられている理屈ではなく、流行りもののそれでもなく、柄と品のようなものなのだが、そうした意味からは決して交わらない川と道であるかのようにも思える。

posted by 黒崎 at 11:37 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

子守唄 2

黒崎@子守唄 2


ゆりかごの歌を かなりやが歌うよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

というのは、北原白秋の作詞である。白秋の子守唄は感覚的であるが、とりわけ色彩感に優れていて例えばその最後はこうだった。

ゆりかごの夢に 黄色い月がかかるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

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posted by 黒崎 at 11:06 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

子守唄

黒崎@子守唄

大黒様

おおきな袋を肩にかけ 大黒様がきかかると
ここにいなばの白兎 皮をむかれて赤はだか

大黒様はあわれがり「きれいな水に身を洗い
蒲の穂綿にくるまれ」と よくよく教えてやりました

大黒様のいうとおり きれいな水に身を洗い
蒲の穂綿にくるまえば 兎はもとの白兎

大黒様はだれだろう 大国主のみこと とて
国をひらきて世の人を 助けなされた神様よ

(石原和三郎 作詞:田村虎蔵 作曲 明治30年代)
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#ま、そういった按配で。
遠く低く歌う。
posted by 黒崎 at 10:28 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

Masuqurade 3

黒崎@Masuqurade 3


旅の後、すこし遊んだら風邪がぶりかえした。
家人が留守だったので、仕方なくE500で牛丼を喰いにゆく。
男達が背中を向けて、うるせえな、という風情でかっ込んでいるのだが、中に若い女性もいたりして時代はとうに変わった。
だからどうしたということはない。

車にガスを入れ、外を洗ってもらい、中も安い方面の掃除機をかけてもらう。これでコースが喰えたなとちらりと思う。
近場から首都高に乗り、海の方角へ向かう。
途中、ボクサーの音がして並ぶと、BMWの水平対向の100.そのマフラーを替えた奴である。でかいカウリングが付いた80年代半ばのものだろう。薄汚れてはいるのだが、所々現在の部品がついていて、リアのショックの辺りもそのようだった。5秒程並んで奴は加速し、そのままゆるい右コーナーへ消えてゆく。
まだ140くらいだろうか。
アライのヘルの中身が30くらいの妙齢だったら出来すぎなのだが、そう面白い話は転がっていない。
せいぜいがW650のノーマルである。それにサックスの入ったケースを括りつけて、千葉あたりまでゆくのだ。
確か彼女はWebディレクターをしていた。

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posted by 黒崎 at 11:19 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月14日

秋の動物園

黒崎@秋の動物園


上野に行って、遠くから象のうんこを見ようと思った。
ひとりではなんなので、傍らにすこし若い女性がいれば良いと思う。
それには、誘わなければならないのだが、その気持をなんと説明していいか分からない。

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posted by 黒崎 at 03:03 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

大人たち

黒崎@大人たち


続ける。
上記が9月頭の発言だということを踏まえた上で、では何のために書きそれをネット上で公開してゆくのかという疑問も生じてくる。
初稿が書かれたのは春先の極めて早い時期だった。
それには既に答えがあって、先の「夜話」のエントリーの引用部、
「もう開き直って、こういうキャラとして生きていくしかない」
に繋がってゆくのだが、要は従来のままの状態をネット上で維持・発展させてくれ、ひいては社会的にも認めてくれということでもあろうか。


この辺り松永氏は、周囲のオトナの対応として再三言及している。

「実社会における俺の周辺の人たちはみんなオトナの対応をしてくれてるために、特に問題になってはいない。それが最大の強みかもしれない」
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061011#1160568837

「現実世界での関係者は、仕事先なども含めて、ほぼすべての人が私の説明に納得してくださってます。直接話してないのに、この辺の騒動を見て、その上で「弁明の機会を与えられないかな」とか動いてくださっていた方もあったり。いきなりマイミクを切ってきたのも数人(知り合って1か月程度の人たちの一部)で、それ以降また増えたから、結局騒動前より増えてます。だから、「世間が説明を求めている」と言われても、その「世間」とは実はネット内の一部であって、それを無視するつもりはないけれど、最優先事項というわけではないというのも事実です」9月12日追記分
http://aum-aleph.g.hatena.ne.jp/matsunaga/20060318

誠に結構なことで慶賀の至りなのだが、こうしたことをあえて書かなければならないということにある種の実態もある。
何故なら、
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/25430747.html
この冒頭にある氏の発言と幾許かの矛盾があるようにも読めるからである。

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一般に、前の経歴がどうであれ、という世界はこの社会に存在している。
それは広く芸の世界であって、例えば作家の安部譲二氏を見出して世に出したのは「室内」の山本夏彦さんであった。
邦画ファンにはお馴染みの安藤昇氏も、かつては本職の安藤組組長である。
あるいは「天皇ごっこ」の見沢氏なども数えられるだろうか。
その意味では、松永氏がウェブに再帰する可能性はない訳ではない。
やりようによっては、という声があることも事実である。
私も半ばそう思いたいところもある。

そうこうしていると、オーマイニュースに松永氏へのインタビューが掲載された。
http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000002238
早速いくつものコメントがつき、コメント欄は閉鎖された。
記事そのものは、取り立てて特徴のないものなのだが、目を引いたのはそこに掲載されている写真である。
「松永氏がこれまでに書いたブログ系書籍・雑誌の山 撮影者:松永英明」
とキャプションにはある。
それを暫く眺めていると、不思議に一抹の寂しさが浮かんでくる。
やや稚拙なインタビューを読んでゆくと続けてこう規定もしていた。

「松永:主な仕事はライターですが、ジャーナリストでもなければ芸術家でもありません。依頼された内容について、わかりやすく読みやすい文章を作る「職人」のようなものです」

アルファブロガー、Web2.0.
そうした単語が無条件に散見してもいる。
この文脈での世界、その中での松永という名前なのだろう。彼にとってそれはある種の暖簾であり、手に入れたブランドのひとつなのだ。
それは悪いことではないが、セルフ・ブランディングというのはそれなりに難しいということも付け加えたい。

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大人の対応については、思うところもあるが今は書かないでおく。
先の「夜話」を参考にされたい。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/25311059.html

posted by 黒崎 at 02:28 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

他者なき物語

黒崎@他者なき物語


「私にとってオウムとは何だったのか」(早川紀代秀 川村邦光著:ポプラ社刊)という本があるが、実はこの本には極めて巧妙なオウム擁護論が含まれていると批判されている。
宗教弾圧の歴史から始まり、戦前の日本人の心性にまで言及しながら、「オウムは我が隣人」というばかりではなく、私たち自身でもあると川村氏は明言していた(前掲:318頁)。
「夜話」の読者には、この理屈がネット上の何処かで聞いたことのあるものだとすぐに想起されることだろう。

一般にこのような問題に関して宗教学者が書いたものを読む場合、論文としての歴史的事実の列挙以外の記述には十分注意する必要がある。
何故なら、宗教学というものが仮にあったとして、それはその守備範囲から世界を眺めるからである。
分かりやすく言えば、例えばユングがその理論で世界の全てを語ろうとし、結果的にナチズムと同調していったという歴史的な事実を指摘すれば良いだろうか(#ユングはナチへの協力を戦後極力隠蔽しようとしていた)。

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前掲書、早川被告の書いた部分を読んでいると、奇妙な幻視感にとらわれる。
夢の中にいつまでも漂っているかのような、不思議な現実味のなさである。
逮捕後10年獄中にいるのだが、その故か、事件の個別的な部分では時折反省もするのだが、また何時もの思考に逆戻りしてしまう。
それは真理への追及であるとか、グルへ自らのエゴを預けた心性の解析であるなど様々であるが、一言で言うと決定的に他者がいないのである。
興味は自分の精神そのもの、その推移であって、最後までそれに拘ってゆく。

例えば林邦夫の「オウムと私」(文春文庫版)を読んでいても、何処か似たような感触は残った。前半部、生い立ちと学生時代、そして出家の辺りまでは実を言うと比較的に退屈である。懐かしい記憶をなぞっているかのようでもあった。
ようやく読み応えが出てくるのが、逮捕されてからの内省で、ここで始めて他者というものが林被告の意識の中に浮かび上がってくる。
それは担当刑事であったり検事だったりもするのだが、具体的な他者との接触によってようやく麻原を相対化する発端に辿りつく。
早川と林被告も、共に女装をして逃亡していたのだが、あ、オカマだと指さされたことや、全く意味のない指紋除去のための手術を回想する場面は、オウム特有の何処か失笑を誘うような行動様式、現実味のなさも漂っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

翻って、松永氏の物語に戻る。
今の段階では生い立ちと学生時代、そして出家とその直後辺りまでが描かれている。
途中何度もノベルス作家にもう少しでなれたことを繰り返し、お世話になった方やその社のことを実名で記している。その方々に万が一の迷惑がかかるということは全く想定していなさそうであった。これには実は大きな意味がある。
私が感じたキーワードはいくつかあるが、例えば松永氏は祖父の姿を半ば精神的な支えにしていたような感触も残った。
それは、我が国近代化の過程の中で、いわゆる史的唯物論が果たしてきた役割と存在のあり方を問い直す契機に繋がるのかも知れない。
歪んだ系譜としてのオウム。やや難しく言うと「逆行したモダニズム」である。
これは吉本隆明などが一時、社会変革の思想としてオウムを美化していたことなどを想起させる。

それらはさておく。
今の松永氏の現状では、この続きを書くことはかなり困難だろうと思われる。理由はいくつもあるが、まず書くためのモチベーションが何であるのかを想定しなければなるまい。
しかし松永氏はこう書いている。

「退会後、信者にはいくつか方向性があるけれど、教団を批判することで社会に認めてもらおうと必死になるのはちょっと自分には合わないと思ってます。悪口をいうことが免罪符ってのはどうも気持ちが悪い」9月12日追記分
http://aum-aleph.g.hatena.ne.jp/matsunaga/20060318

いかにもの言い方である。
残念ながら今の段階ではこの程度の認識しか持てないのだな、という気分も個人的には残った。
ことさら批判のための批判をする必要はない。そんなものは為にするものだと分かるものである。
だが、自らが信じていた教義を社会の中で相対化し、麻原を再評価することは、必然的に教団の教義や活動への批判的な視線を含むものであることはほとんど自明だろう。単純に何々派への批判には留まらない。
そしてそれは、自らの再構築の過程でもある。

posted by 黒崎 at 01:27 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

物語の効用

黒崎@物語の効用


ここで私は、不思議に泉氏のことを思い出している。
夢は果たされたのかどうか。

仔細に見てゆくと、松永氏の言には論の飛躍がある。
まずは、何故過去の経歴について「徹底的に叩かれ」(氏の表現による)ているのかが理解されていない。叩かれるとか罵倒されていると感じているのは彼の主観であり、現状認識である。

そして、唐突に「閉鎖」という言葉が出てきていた。
「関係ない他人のサイトが俺のものだと濡れ衣を着せられて迷惑をかけるだろうし、そうなれば自分自身がウェブに再帰することも不可能になってしまう」どこが「そうなれば」なのかが私には理解できないのだが、結語は自分がネット上に再帰することだと正直に吐露もしていた。

「ハンドルや筆名を変更するにしても、変更するということそのものを公開していくしかない」
と氏は書くが、その理由は述べられていない。
そして、また面白い単語が続く。「さもなくば」である。
「さもなくば、ネットには一生近づかないよりほかないだろう」
ここにもある種の飛躍があって、今後ますます社会のインフラのひとつとして認知され推移してゆくネットに、一切近づかないで生きてゆくことができるかどうか。
できはしないのであって、これは口先だけの極論だと言われても仕方がないように思える。
問題はウェブ上で何をするか、しようとしているかなのである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

松永氏の河上イチロー時代のネット上での活動は、今となってはよく知られている。
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/24661172.html
この他にも資料的な価値のあるいくつかのサイトはあるのだが、今は割愛しよう。
自身が書いていることと第三者が記録・評価していることを擦り合わせて私たちは推測し判断もしてゆくものだが、過去に何をしてきたのかということについては、なかなか人々の記憶からは消えない。
それは個人の夢とか志向とはまた別の次元のお話である。

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「そう言ったら「強いね」と言われたことは確かにあるが、強いのではない。他のやり方を知らないだけだ」
松永氏はそう書いてそのエントリーを終えていた。
確かに知らないだけなのだろうと思う。
学ぶ機会を逸してきたのだろうとも思う。

であるから、
「私は『松永英明』として活動しはじめたことがきっかけとなり、『松永英明』としての生き方を選ぶために、また『松永英明』としての活動で資金を作ることができたために、アーレフを離れることとなった(あるいは離れることが可能となった)わけです。ですから、この名前には大きな意味があると感じています」
と書くのである。

posted by 黒崎 at 23:20 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

世界との距離

黒崎@世界との距離


あまり書きたくはないが、少し。松永氏の言である。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061011

>自分が書いたことに対して見当違いの罵倒や攻撃をしてくるような連中など、はっきりいってどうでもいい。

>ここまで自分の過去の経歴について徹底的に叩かれ、暴かれ、さらには意味不明な疑惑までかけられてしまうと、開き直るしかない。閉鎖したらどうせ「逃げた」と言われて、関係ない他人のサイトが俺のものだと濡れ衣を着せられて迷惑をかけるだろうし、そうなれば自分自身がウェブに再帰することも不可能になってしまう。だったら、もう開き直って、こういうキャラとして生きていくしかない。ハンドルや筆名を変更するにしても、変更するということそのものを公開していくしかない。さもなくば、ネットには一生近づかないよりほかないだろう。

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おそらく、これが氏の偽らざる心境と決意、そして社会認識だろう。
そもそもの発端となった野田氏の一連の記事に対する激しい憤りも、何度か氏は文章化している(#下記URLにも見られる)。
注意深く読んでゆくと、かなり強い単語が並んでいるのだが、そうした傾向は今に始まったことではなく、例えば2004年のこの辺りでも垣間見られる。
[はてな]キーワード「チャンコロ」登録案
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20040616#p4
類するものは結構な数あるようなのだが、ひとつふたつ眺めているうちにうんざりしてしまったので割愛する。

さて、
http://aum-aleph.g.hatena.ne.jp/matsunaga/20060318
http://aum-aleph.g.hatena.ne.jp/matsunaga/20060319
この辺りを時間のあるときに仔細に眺めていただきたい。

それから、例のWikipediaである。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&diff=7796561&oldid=7642793
この編集に本人が加わろうとして失敗。その辺りの経緯は「夜話」に記してある。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

松永氏は以下のように書く。

>民主党・自民党の懇談会については、完全にブロガーとしての立場ならびに思考で参加させていただきました。すなわち、単に「ちょっと違ったところでおもしろい話が聞けて、それを皆さんにお伝えする」というだけの気持ちで参加したものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

>この経緯を見ていただければわかっていただけるかと思いますが、私は「松永英明」として活動しはじめたことがきっかけとなり、「松永英明」としての生き方を選ぶために、また「松永英明」としての活動で資金を作ることができたために、アーレフを離れることとなった(あるいは離れることが可能となった)わけです。ですから、この名前には大きな意味があると感じています。

部分的にはもっともなことが書かれている。
が、ここに見られるのは、端的に言って主観主義ではなかろうか。
現在、出家編まで連なっている「自伝的エッセイ」
全部読んでゆくのはかなり退屈なものなのだが、仮に斜めにそうしたとして、面白い符号・類似点に、暫くしてから読者は気づかれるだろう。

自分が興味があったから自発的に出家をした。
政党との懇談会もほぼそれに類した発想からである。
そして、筆名松永というものへの拘り、松永としての生き方もまた、外から眺めれば極めて個人的なものなのである。

posted by 黒崎 at 23:12 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

Masuqurade 2

黒崎@Masuqurade 2


ここから、ネットが「仮面舞踏会」であるという流れにもってゆくのは簡単だが、些か品がないのでやめておく。

白金台の庭の見えるところにホテルがある。
その二階は作家・開高健さんの定宿であった。
確か葉山の辺りからグラビア誌の編集のために時折上京し、ここに泊まっていたのだと何処かで読んだ覚えがある。「太陽」の特集号だったかも知れない。開高氏の奥様は詩人。「太陽」では冒頭にやや難解な追悼文を載せていた。
開高氏の死後、娘さんが鉄道事故で亡くなる。
確か数年前だと思うが、奥様が葉山のご自宅でお一人で亡くなっているのが発見される。
仔細は忍びないので省くが、その記事を読んだ時、なんとも言えない気分になったことを覚えている。

私は開高さんのあまりいい読者ではないのだが、「ずばり東京」というルポは高く評価している。高度成長真っ盛り、東京オリンピック界隈の東京の変貌を週刊誌に連載していたものである。
後の「ベトナム戦記」も密度が高い。
どちらかと言えば小説「夏の闇」あたりよりも良いもののような気もする。
ベトナムでいわゆる解放軍兵士が、痛いとも苦しいとも言わず、あたかもアリか虫のように死んでゆく様を記述しているところなどは、宗教・文化の違いというだけで片付けていいものか。
後のキューブリックの映画を思い出したりもした。

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開高氏は、途中から書けなくなったと自分で何度か告白されている。
昭和30年代後半と言えば、例えば実存主義などが全盛で、作家も社会参加をすることが要求された。「何でも見てやろう」の小田実氏などが絶え間なく元気だった時代でもある。
例えば日活映画、裕次郎主演の文芸作品などでも、安保闘争のデモが点景として登場するのだから、政治参加というのはひとつの風俗にまで至っていた。
この辺りの事情は、第一次大戦後のヘミングウェイやフィッツジェラルドなどが半ば徴兵逃れのために従軍していった経緯とも重なってくる。
従軍は彼らにとって、何処かロマンチックだったのだ。
「あなたたちは失われた世代なのよ」と語ったパトロンヌの名前がすぐに出てこない。
ドルが強かった頃、作家の卵たちは欧州で遊んでいる。
ヘミングウェイの孫、モデルをしていた彼女の最後については、コピーライターの秋山晶さんが興味深い一文を書かれていた。

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白金のそのホテルには地下にバーがあって、髪を後ろに縛ったバーテンダーがやや大振りなグラスでマティニなどを作る。
大振りが好まれるのは、正確に量を調整しなくてもいいからだと私は想像していた。
葉巻も置いてあるが、ダビドフとコヒバくらいなもので、葉巻を入れてある杉の木箱を細かく切って置いてあったりはしない。それで火を点ける遊びは割愛である。

作家であれ誰であれ、個性というものがひとつの商品になっている世界がある。
皆が皆、踊らなくてもいいのだが、それをせよという声も聞こえる。

posted by 黒崎 at 15:55 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

Masuqurade

黒崎@Masuqurade

レオンラッセルが作ったこの曲が好きで、今も出だしだけは歌える。
マスカレードとは「仮面舞踏会」のことを指す。
カーペンターズやジョージ・ベンソンなども吹き込んでいて、そちらの方が聴きやすいのだが、どちらかと言えばレオンの粘るような歌声の方が私は好みだった。
何時だったか地方都市のJAZZ喫茶で、ブルース・ブラザーズのサントラの後にこれを録音してもらい、真夜中の犬のような気分で東京に戻ってきたことを覚えている。夏の終わりの高速は空いていた。

レオンには、ハイウェイに独り取り残され、しかも雨であるという、そんな失恋の歌がある。
なんというアルバムだったか。
トレーラーが轟々と走るその脇を、とぼとぼと歩く。
相手が女であるか仕事であるか、情況こそ違え、誰にでもそんな坂道というのはあるもので、どこをどうやり過ごしてきたかは定かではない。

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posted by 黒崎 at 15:32 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

春夏秋冬女は怖い

黒崎@春夏秋冬女は怖い


という題の本が吉行淳之介さんにあって、旨いタイトルである。
副題には、「なんにもわるいことしていないのに」とある。

日々、こうした気分で過ごしている男性諸君というのはあまた居るものと思われる。
先に被害者になった方が勝ちというのは、男女間のあいだでも言えることで、俺が悪いんじゃないんだ、酒がどーしても飲んでくれって頼むんだ、と言い訳をして通じた試しはあまりない。


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posted by 黒崎 at 13:47 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

寝てから言えよ

黒崎@寝てから言えよ


あるところにこんな台詞がある。告知する訳である。

>初めて会った女性に、話の流れで「実は……」と話したら、引かれるどころか、逆に興味を持たれたようだった。人の反応は予想できない。

こういうのを眺めていると、悪いが女心の機微が分からないまま過ぎてきたのだなと僅かに辛いものがあった。
寝てからそう言った方がいいのではあるまいか。
わー、すごい、と言って瞳に星というのは概ね定番である。
自分には関係がないと決めてかかっているからなのだ。

一方でWeb2.0の次にくるものと「真理」をどうにか絡めないかと思考実験をくりかえし、一方で思春期の若者のように初心だという。
このアンバランス。空白の10数年。
ネット以外に居る場所がないという側面も否定しがたい。

しかしまあ、リアルさとは女との具体的な厄介から出てくるところもある訳で、がんばれよな、とも言いたい。
次へ駒をね。

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posted by 黒崎 at 12:55 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

紫の奥

黒崎@紫の奥


ある時、菖蒲の花を暫く眺めていた。
細い血管のように、濃い筋が後ろに隠れていた。
桔梗が若いのだとすれば、それから先のことなのだろう。

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posted by 黒崎 at 12:18 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

私にとってオウムとは何だったのか

黒崎@私にとってオウムとは何だったのか


前のエントリーと題名は違うが同じことである。
同名の書がポプラ社から出ている。「私にとってオウムとは何だったのか」(早川紀代秀 川村邦光 著)
全体としては密度があるとは言い難い書籍でもあるが、さておく。

早川被告というのは、49年生まれ。86年に「オウム神仙の会」入会。95年逮捕。第1審、第2審で死刑判決を受ける。現在は上告中。

同書、いくつかポイントはあるのだが、ひとつには「真理」への過剰なまでへの傾斜である。
この世で一番大事なものは何か、と高校時代に教師に問われると、早川は「真理の探究」であると答えている。出家と実生活のアンバランスに対しても、真理追究のためにはやむを得ないものだ、と繰り返し述べている記述が散見されてもいた。

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1:まずはここ。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20060928

http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20060929#1159495588

2:次にこのコメント欄。
http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20060930/1159571639

3:それからここである。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061003

4:これはどう評価したらいいか。半ば切ないものもあるが以下後日。
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20061011
途中、現在ネット上で話題になっている募金についての話題があって、この辺りの話のフリ方というのはさすがである。

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ま、面白いと思うのは、相手にしないとか数ヶ月前から何度も書きながら、例えばいくつかのブログにはコメントを残していることである。
黒鮫乙にはこない。
そして、おそらくは巨大掲示板を「ネットイナゴども」と、かなり強い言葉で批判しながら、そこで半ば公認で遊ばれている友人のブログには親密に書き込まれてもいることであった。
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20061009

文脈は違うが、特にこの辺りは酷いものである。同一ブログ。
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20061008
#半ばこれには、世間知らずのお嬢さん(お世辞)の無知という側面もある。
場末に足を踏み入れてはいけないと、日活映画では何度も描いてもいる。
違うんですよ、世界が。

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さて、取り急ぎではあるが。
早川被告は、坂本弁護士一家殺害事件の当事者であった。
逮捕されてから始めて麻原を相対化しようと試みる。
だが、早川と弁護団は期待可能性理論(法的には滅多にされない理論でもある)を援用し、死刑判決の情状酌量を訴えてもいる。
「そして、現在は、せめてもの罪滅ぼしに、仏道修行に励む毎日です。私をきづかってくれる家族、友人、知人に支えられて‥‥」(前掲:216頁)
と、書いている。

どう言ったらいいのか。
この件を読んだ時、私は思わず本に線を引いてしまった。
どこか、ふざけるな、という気分があったことは否定しがたい。
坂本弁護士家族の遺体は、身許が割れることを防ぐため、ツルハシでその歯が砕かれた。遺体の顔面にツルハシを振るう姿を想起していただきたい。
「この子だけは許して」と哀願する奥様の姿を思い浮かべてもいただきたい。

それから上記リンクを辿って、このひとは何を言っているのかということを理屈ではなく、生理的に感じてもらえればこのエントリーの意味は尽きる。
ある種の屁理屈と自己憐憫が、ネット上を絶え間なく徘徊することに、微妙でしかも根の深い拒絶反応を私は抱いているようだった。
posted by 黒崎 at 05:09 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

松永氏のこと

黒崎@松永氏のこと


私は泉氏のブログにおいて、ume氏なる方に訴訟をすると告知されている。
そのエントリーは現在も残っている。
この辺りの概要は
http://alephblogger.blogspot.com/
に詳しい。
http://alephblogger.blogspot.com/2006/05/blog-post_21.html

私からの事情は、夜話の4月5月辺りを眺めるとお分かりになるだろう。
ジャンル「資料」もいくつか掲載している。
BB氏のブログでも同時期を再読していただきたい。

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記憶によればBB氏のブログで、松永氏と確か一度だけやりとりをしたことがあった。
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/04/post_2e42.html#comments

>「何だかなあ」氏は俺じゃないですよ。
それより、黒崎氏はなぜume氏に連絡とらないの?
ところで、ここの黒崎氏は安芸さんじゃありませんよね?(確認)

さて、今の状況は、要するに「言わないでくれ」と言われているので言えないけれども、必要なものを出すときまでの場つなぎ期間です。変なメール(黒崎氏じゃないでしょうね?)だの厨房のウソやデマゴギーにかまけて「重要」なことができないのじゃなくて、それが今出せない、出してはいけないから止めてるのです。

いやそんな事情は知らない、今すぐ何もかも洗いざらい出さないと認めないというのであれば、ああそうですかと言うしかありませんが。
投稿者: 松永英明 (Apr 5, 2006 10:25:54 AM)

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松永氏

>それより、黒崎氏はなぜume氏に連絡とらないの?
いや、松永氏は私がume氏に連絡を取るべきだとお考えなのですね。よかったらその理由をお聞かせ願えませんか。400字程度で。
それよりも、今も松永氏はume氏、泉氏とは懇意にしているのですか?
私は泉氏に一度メールを書いています。フリメからですが。宛先はGripのume氏が指定していたアドレスでした。そして泉氏より返信もいただいています。
そちらには今のところ何の連絡もありませんが。

>ところで、ここの黒崎氏は安芸さんじゃありませんよね?(確認)
違うんじゃないですか。安芸さんって誰ですか。私は存じ上げません。
___

一般に、オウムに薄く関わっているのではないかとの可能性を周囲から指摘されている相手もしくは集団が、自分を訴訟するから、それ以前に大人の解決をしようと、だから個人情報を教えろと言ってきたとします。
そういう恫喝と懐柔に、のこのこ乗るだけの「大人」はいません。
「踊らされた新聞屋」さんという方がおられましたが、万が一何かあったらそれを薦める誰が責任を取ってくれますか。
坂本弁護士事件はまだ記憶に新しい。ジャーナリストの江川さんも、寸前でVXガスの標的にされている。
そういう古典的なオウムの手法はすでに手口が読まれていますよ。名前変わってもまだやっているんですかね。それはタイヘンなことですわな。
松永氏、ご自分の「ことのは」で、訴訟するといってしないのは脅迫罪にあたると書かれていますが、その辺の整合性はいかがです?
議論するなら、公の場でやりましょうや。それが民主主義ってもんでしょう。

#ということで、オフ会があるそうですが、愚かなことです。
ライブで映像を流してくださいな(笑) Gripの泉氏は出会い系に興味をお持ちだ。経験もある。Webカメラくらいは持っているでしょうね。

投稿者: 黒崎 (Apr 5, 2006 7:04:54 PM)

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で、それに対する説明は松永氏からはなかった。

やや筋は違うが、この辺りも興味深い。
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/04/s_da8a.html#comments

posted by 黒崎 at 03:46 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

歯ごたえについて

黒崎@歯ごたえについて


実をいうと、ここ一連の議論というか流れを巡って、これは凄いものだと一目を置いた相手というのが乏しい。

例外がひとつだけあるのだが、それは訴訟するとか言われ、時事通信の編集委員がそれを自らのネット上の番組で取り上げた頃合である。
一目を置いたということとはまた違うのだけれども。
この時は万が一のことを考えて家族を暫く避難させたりした。
タクシーも多用する。過ぎたから笑えるのだが、随分と実生活上で差障りがあった。この辺りの事情は、夜話を遡って読んでください。4月5月。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

それが過ぎると、果たしてどうか。
なんだか歯ごたえないですよね、黒崎さん。
と鮫のヤローが酒場で前に言っていたが、誠にその通りだと思っている。
言い方を変えれば「存在を賭けたバトル」というものに、何処かで成りきっていないのである。
なんとか逃げられると思っている。
名誉毀損とかを口にすると、相手が怯むと考えている。
すぐに事務局に問い合わせたりもして、お疲れ様ですとしか言いようがないのだが、つまりは先に被害者になった方が勝ちなのだと今も考えているようでもある。

この辺り、まだこんなことをしているのかいなあ、と、かなりうんざりもしているのだけれども、実りのないことに何時までも付き合ってもいられないので、しばし詰めてゆこうかしら。


posted by 黒崎 at 03:18 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

ミントのヘイグ

黒崎@ミントのヘイグ


どう退屈かというと、いくつもあるのだが、結局は舞台で踊り続けることの不毛さである。
あるいは舞台に上がったと思う嬉しさである。
人はそういうものだと思えばまたしかり。
具体的にURLを挙げることは面倒なのでやめておく。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
続けて雑感。

⇒時々メマイの彼
私は30代の頃、時折交差点でドッペルゲンガーをみかけた。
このまま倒れるとそうなるのだな、と思っているとトラックが曲がっていったりする。恐らく気に染まない仕事をしていたからだが、ま、人生とはそんなものである。
頭痛が暫く続いてCTスキャンを取ると「あ、これは脳がむくんでますねえ」とか担当医は言いやがる。
要は頭蓋骨の隙間が年齢の相場よりも少ないと言うことなのだが、うう、俺、脳がムクンデんだってよお、と当時の妙齢の腹に甘えた。
馬鹿ね、前からじゃない。と返され、そうなのかと納得をした。
どうせ死ぬんだ。
と思わなければ、何処かでスカしてはいられない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

⇒浮世のお嬢
傍から眺めていると隙が多いよね。
相手見て遊んだり絡んだりしないと、つまらないかな。

posted by 黒崎 at 02:12 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

短めの旅

黒崎@短めの旅


から戻ってきた。
身体のあちこちが痛む。
二度目のそれで、夜半長い距離を走ったからだった。
飛行機はあまり好きではない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

で、ネットを覗く。
退屈なものだなと正直に思うところがある。

posted by 黒崎 at 01:25 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月03日

夜風

黒崎@夜風


交差点に立つと重さを含んだ風が通っていった。
明日は雨なのか、を考える暇なく次の道に歩いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
posted by 黒崎 at 07:18 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

黒鮫乙

黒崎@黒鮫乙


資料の中にある以下の記述に留意されたい。
「左翼的な言動で中立を装う」
左翼的言動というところを、随時別の言葉に置き換えてみると分かるだろう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
基本的に私は、鮫のヤローの放談の通りであろうかと思っている。
http://blog.livedoor.jp/soul_shadows/archives/50249420.html
どの部分が、と言われてもそれは想定してください。

内心の自由、職業選択の自由。自己責任と社会的な扶助。
一般論はそれとして。
例えばこの東京では何をしても食べてはゆけるのであって、自分の望むような位置に立てないからといって社会や当面の誰かを恨むのは、どこか筋違いである。
ネットの世界もまた現実世界の投影・その断片であるが、悪いけど前のようにはゆかないのではなかろうか。

posted by 黒崎 at 07:01 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

無駄について

黒崎@無駄について


何時だったか外苑西通りの坂道に、グレーのXJ-Sが停まっていた。
いわゆるプラチナ通りと呼ばれる辺りである。
その12気筒はオープンで、冬近かったものだからタン色の幌を被せていた。
初老の男性が奥様を待っている。
目の前はスーパーなのだ。

XJ-Sは、低く長く無駄そのものの車である。
その頃から、あれもいいよなと調べ始めた。新車時の価格に比べ中古は不当に安くなっているのだが、それにはカラクリがあって、維持にはマセラティと同じくらい手間とコストがかかる。
中身はDD6と同じだからでもある。
最近少し流行っているのか、まだ30代と思しき男達がDD6に乗っているのをみかける。
手が出しやすいからだろう。紺のブレザーに綿パンなどで走っているが、高速で止まることは半年に一回はあると覚悟していなければなるまい。12ヶ月点検で40〜50.
かといって私も、英書のバイヤーズガイドなどを買っているのだから、似たようなもので、家族の顔を浮かべてかろうじて思いとどまっていた。
首相官邸の傍、あるレコード会社のビル界隈にグレーのDD6が何時も停まっていて、隣のパーキングに入れるときにちらりと見る。内装がすこしヤれていて、伊藤園のお茶のペットボトルが置いてあった。
DD6で仕上げてあるものは500は必要だと言われている。
それで数年持たせるという按配だろうか。となると、少し前のベントレーなども射程に入ってくるのだが、ベントレーでラーメンを食いにゆく訳にもゆかず、人生はバランスなのである。

XJ-Sのオープンは2人乗りである。
一台でまかなう場合、小さくても椅子は4つ付いていた方がいい。
となると、アーデンがコノリーレザーを張りなおしたものしかなく、これが新車時1200とか1400とかである。滅多に数は出ていないが、92年の4ATで300〜程度というのが相場らしい。ここにプラス50〜.
渋谷にある外車屋に、このレーシング・グリーンのものがあって走行が4万台であった。
非常に心惹かれるものがあったのだが、数日に渡る熟考の末、まずはセダンから見ようということにしておいた。
問題は平行輸入だということである。中古並行は本国でどれだけ走っているかが定かではない。ドイツ本国から来たものなどは、平気で10万は走っていることが多い。
また、ディーラーでは一切修理を受け付けてはくれないことにも留意しなければならない。場合によっては部品も買えないこともある。つまりリスクは結構高いのである。

一般に古い車を買う場合、相場の中で一番高いものを選ぶのが秘訣だと言われる。
この辺りは現金なもので、履歴やメンテの記録が確実に価格に反映されているのだった。先に書いた124のE500などでも比較的買いやすいものもあるが、荒れた品物だとあっという間に100や200は飛んでゆく。生産台数に比べてどうもE500の数が多すぎるという話もあって、なんてことはない、同じV8のE400にフェンダーを付け替えただけというものも売られていたりした。

posted by 黒崎 at 05:49 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

無頼平野

黒崎@無頼平野


無頼とは、自分が受け入れられないことを薄く知っていて、その悲しみに耐えているひとのことを言うのだと思う。

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芸について

黒崎@芸について


http://blog.livedoor.jp/soul_shadows/archives/50249420.html
鮫のヤローが放談している。
あいつも舎弟ができる年齢になったよーである。

しかしまあなんだね。
社会復帰は女から、というセオリーがあるらしいけれども、一理はある。
なにせ厄介が喋るのである。個別的天動説である。
真理なんてメじゃないのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
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粘着について

黒崎@粘着について


粘着は悪いことではない。
毎日、社説にそうしている方もおられる。
頼まれてもいないのに、好きな女優の画像まで捜してくる情熱というのは何処からくるものか。
友愛である。自分のいる場所やスタンスに対しての愛着と、薄っすらとした背中のざわめきからである。

ジャーナリストでもモノカキでも、対象には徹底的に粘着をする。それから周囲を洗い、この事項が社会的にどういう意味があるのかということを考える。
それはグルメのお話であっても同じこと。
自分は違うから、ここは趣味のブログだからということもないんでね。

粘着から一定の批評眼がでてこないと、読者は飽きてゆく。
批評眼は一度内側に篭るものだが、それが外側に敷衍されていった時、始めて社会性を持つことになる。
もう少し旨くやろうよ。

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posted by 黒崎 at 08:16 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

12のタイプE

黒崎@12のタイプE


港区の住宅街の中にガラス張りの店のようなものがあって、そこに一台のタイプEが停まっている。
口が大きいところを見ると、シリーズ3、12気筒のそれである。
ゼニス・ストロンバーグのキャブが付いた北米仕様の紺色だった。

なんてことだろうな、と思いながら時々それを眺めている。
NYの冬の手前、幌をつけたクーペを見かけたことがあって、セントラルパークの右左、レノンのアパートがあった傍だった。
少しばかり汚れていて幌も新しくはなかったが、12本もあればひとつやふたつどうでもいいのだと思えた。

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posted by 黒崎 at 20:20 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

夜の雲たち

黒崎@夜の雲たち


一日仕事をしていた。
髭を剃っていない。
タウリンと風邪薬と、明日までのメールと添付ファイル。

食事をしにゆくのだが、運転が億劫で車を拾った。
閉まっている銀行の前に青いシートを被った浮浪者がいて、彼も寒いのだろうと考えた。
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posted by 黒崎 at 20:12 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン

黒崎@ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン


「あ、雨が突然降ってきた」
「暫くすると、こちらにくるな」
「どうして雨なの」
「ま、大人だからじゃないか」


「いくつから大人なの」
「ひとによるよな」
そこで、毎朝小便をするに困らなくなった頃からなにかが始まると説明したかったのであるが、割愛した。

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posted by 黒崎 at 20:08 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

10月はふたつある 2

黒崎@10月はふたつある 2


といった按配で、人生は無駄の集積だろう。
ブログなどもその最たるものだが、それはそれ。いずれ別のところに流れてゆくのかも知れない。ただ、場がどうであれ、そこに残されたテキストというものはひとつの世界を形作るもので、それは書き手の個性・世界観に他ならない。
誰にとってもそうである。


#話は違うが、「現実を虚構化したのではなく、虚構を現実化したものがナチズムであった」と指摘している方がいて、成程と思った。
この言葉は覚えておいて損はあるまい。
「虚構のナチズム 第三帝国と表現文化」(池田浩士著:人文書院)

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posted by 黒崎 at 19:58 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

10月はふたつある

黒崎@10月はふたつある


さて、貧乏臭い話ばかりで飽きてきた。
貧乏と貧乏臭いというのは明白に違うが、高い酒を飲んだ後、なんとなくファミレスに入り、ドリンクバーを馬のようにお代わりするのが過酷な青春の名残というものである。

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E500では数百キロ走った。
ローで70.セカンドで130程。DOHCのV8は音もなく廻る。
直角にハンドルを切ると、すこし湿った感じで尻が流れる。そのままだと横になってゆくのだが、一瞬ESPが点滅した後、若干のカウンターを当てるだけで速度が上がる。
ブレーキはAMGよりもよく効いた。AMGではステンレスホースに換えてあっても、踏み始めの辺りが僅かに曖昧で、空冷時代のカレラと似たような感触が残る。
124メルセデスのボディを振り回すのは、まず無理だと考えていた方がよく、スタジアム横のコーナーでもフェイントをかけたりはしない。あそこはよく滑るのである。

初期型の500Eの試乗記がCGに載ったのは確か91年の秋くらいで、当時の編集長の熊倉さんがドイツに飛んでものにしている。写真はあまり旨くなく、走るのに忙しくて小型カメラで撮ったかのような出来であるが、この発色はコダックだっただろう。
124のボディに500SLのV8を押し込んで、内部を徹底的にチューンする。友人の260や320には何度か乗ったことがあったが、ちょっと別次元の剛性感である。とりわけハンドリングはメルセデスの常で安定志向に振られているが、その奥に不思議な味がある。40で走っていても100を超えていても、路面の状態が伝わってくるのである。
この車がマニアからある種神格化されているのも分からないでもない。

ただ、一度500Eや後期型E500に乗ってしまうと、メルセデス欲しい病は大分治まるという話もあって、それも理解できないこともなかった。
325馬力で0−100が6.1.それより速い車はいくらでもあるが、4人が確実に乗れて内装もそれだけのものに仕上げようとする、ある種民族的な完全主義には向き不向きもある。
T-34に影響を受けて出来たパンターではなく、どちらかというとタイガーみたいなものかと思ったりもしていた。
それをもっと過剰にしたAMGの6.0もあった。確か60台輸入されているという。AMGジャパン立ち上げに関わった彼が、当時のカタログを見せながら言っていた。

車なんてのは男の玩具か見栄の道具である。
昨今は女性にも当てはまるだろうか。
ヒールを脱ぎ、靴を履き替えた妙齢がいて、あやうく惚れそうになったことが30代の頃にあったが、賢明にも思いとどまった。
タイト・スカートだったからだったかも知れない。
彼女はルノーの速い奴に乗っていた。

C2のループコイルのないところで何キロ出たとか、首都高速池袋線、ホテル「ルミネン」のあるコーナーをどれだけで曲がったとか、何の得にもならない。
が、そういうことに一定部分で血道をあげる時間というものもあって、つまりは無駄である。
先のそれは「ルミネン・カーブ」と北の方に生息している奴等は呼ぶ。
西へゆくと「ホテルニュー京浜」前は直線なのでそういうことにはならない。

昨今、腕時計がそうした世界に入ってきている。
例えば酒場で何を頼んだかということも似たようなもので、隣に妙齢がいればと夢想させるのは雑誌作りの定番でもあった。社会復帰は酒場から始まる。

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posted by 黒崎 at 09:15 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

コートームケイ

黒崎@コートームケイ


カタカナで書くとまた違うものである。
どうもその筋の方々の想像というのは何処か現実離れしているように思える。
私やWikipediaを編集されている方が仮に上祐派であったら、君、かつての同僚じゃん。
どこかでお会いしましたね。

ある時はプロのジャーナリスト。
ある時はプロ意識のあるなんとか。ブログ界なんてもなあ、とかイウ。
しかしてその実態は、女の敵とも人間のクズとも呼ばれ続けて20年。
風邪引いてへろへろなのであった。

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posted by 黒崎 at 08:14 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

Wikipedia顛末

黒崎@Wikipedia顛末


さて、Wikipediaの方は対処がなされたようである。
おつかれさまでした。

>(*特)松永英明 - ノート
2006年9月21日 (木) 05:03 (UTC)の版、および2006年9月21日 (木) 05:05 (UTC)の版について。プライバシー侵害かつ虚偽。私の勤務先を書いた上で、「オウム疑惑」なるものを書いているが、そのようなものは存在しない。問い合わせを受けたこともない。-- 崎山伸夫 2006年9月21日 (木) 15:08 (UTC)

(削除) 依頼人票 --崎山伸夫 2006年9月21日 (木) 15:08 (UTC)
(削除) 項目と無関係な記述。--元諜報員 2006年9月21日 (木) 19:43 (UTC)
(緊急即時特定版削除)プライヴァシー侵害。--Maris stella 2006年9月22日 (金) 04:40 (UTC)
(対処)2006-09-21T05:03:51(UTC); Alex777 版以降を松永英明/削除20060930に削除しました。nnh 2006年9月30日 (土) 04:46 (UTC)

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http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E8%8B%B1%E6%98%8E&action=history
現在は複数人による客観的な編集が進められているようだが、この履歴には暫く注目である。

一方、こちらも見ておくと大体の構造が分かる。
http://d.hatena.ne.jp/psycho78/
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/

ご本尊の一見よくできた弁明についてはこちら。さすがオウムに対する住民運動への対応窓口をしていただけのことはある。
http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20060930/1159571639

巨大掲示板の当該板では、物量にまかせた挑発と誘導が続いている。
最近面白い傾向があって、なにかというと「黒鮫乙」と言う。
あたかも黒崎と鮫島が30人も複製されたかのようである。BB氏に対してもそれは似たり。また、黒崎が上祐派であるとの疑問も呈されていたりして、ふーん、それを一番気にしているのかしらね、というような按配でもあった。退屈な陰謀論である。しかも視線が内側を向いていた。
彼ら希望の星は、表向き出てこないのだが、何繋がっていると見るのが世間の常識であろうか。手下(てか)は喋りすぎるのが玉に瑕である。

posted by 黒崎 at 07:55 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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