2006年05月02日

背中から撃つ男

黒崎@背中から撃つ男

私は今あらかじめいくつかのエントリーを書いておき、それを誰だかに掲載してもらっている。昨日少し飲みすぎたので、午後一杯ぐずぐずしていた。
上着のポケットから、キューバ製のシガーが出てくる。上質な泥のような味がするのだが、だからどうしたということはない。
今ぐらいの季節になると、ペルノーをショットで頼む。
松岡正剛氏がこの酒を好きだったという噂もあるが、それは全くの嘘で、出世した観念論の大家は本さえあればいいと言う。かつての「遊」には「ムー」の広告が載っていて、80年代ガロと等しく、鬱の時には隅々まで読んだ。

チョウ・ユン・ファットという俳優がいる。「上海灘」という香港のテレビ映画で人気を博し、ジョン・ウー監督の「男達の挽歌」で一躍有名になった。あれは昭和30年代の日活映画と同じくらい面白い。
BB氏は、例えば匿ってくれた誰某であるという話にもなって、それだとあれですか、殿山泰司さんみたいなもんだろうか、と考えると白樺派に対して申し訳ない。
いずれにしても男の世界では、背中から撃つ男というのが一番毛嫌いされる。
卑怯者だとの烙印を押される。
「あら、家族を守るために頭を下げるのが男らしいんじゃないの」
とか言った新卒のOLがいて、彼女にカウントを尋ねると13だったと言っていた。
これでも奥手の方なのよ。まあいいが、眠る時は付け睫はずした方がいいんでないか。

つまらない世界だからこそ、少しは見栄を張る。
見栄というのは、痩せ我慢のことだが、どんなことがあっても自分は背中から相手を撃つようなことはしないと決めることも、ひとつの倫理だろう。
これは半ば美意識のようなもので、理屈ではないところに注意していただきたい。

丁稚と旦那との違いはそこにある。
私は旦那ではなく、通天閣の下で昼間から地べたに座り込んで将棋を指している男達と似たようなものだが、あの下にあった餃子屋はそこそこだった。
それからずるずると奥地に入り、グンゼの白いパンツを一枚買い、それから職安の二階で牛乳を飲んで戻った。
泊まっていたホテルは北にあったからである。
posted by 黒崎 at 06:30 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

共謀につき

黒崎@共謀につき

ネットを眺めていると、昼と夜とでは動きが違う。
黒崎の正体暴きが始まったり、訴訟を楽しみにしている子供たちもいた。
このところ、情報を出しているところもあるので、彼らの処理能力が追いついてゆかないのかもしれない。
原理主義と分派。議論と誘導。今この穴が開いてしまうと不味いと考えている彼らがいる。だが腕が未熟なものだから、脇道にそれては最後のところで具体的になれないでいる。つまり、観念的なのだ。

麻布狸穴界隈から坂を昇る。
所要あって時々そこに出かけるからだが、決してプレイ用のホテルがあるからではない。冷戦華やかりし頃、六本木周辺はシークレット・エージェントマンの溜まり場だったのだが、防衛庁横にあったソウル・バーもなくなった。

バトルというのは、終わり方を考えてやるものである。
例えばスポンサーのロゴがなくなったことで、実質的には勝負あったということを私の名前(匿名だが)を使ったある方が指摘していたが、その通りだと思う。
大人というのは、大体そう考える。
ところが、何時までも訴訟するぞと脅す彼もいて、非常に面倒くさい。
私は実名を公開するつもりはない。正体を明かすつもりもない。
誰がオウム真理教の現役信者でこれから地下に潜ろうかとする男と親密だった人間に、仔細なことを教えるものだろう。君ならどうする?


彼から私に投げられた、どうしても訴訟するぞの意思表明は、別の彼のところにそのままいってしまった。これを三角飛びという。梶原一騎の原作漫画によく出ていた。
罵倒という言葉を否定したく、お互いに何度も会って友好的に話し合ったという証言まで出てしまった。
これがどういう結果を招くのか。子供には想像もできない。
互いに何度も話し合って出た結果が、あのインタビューであり、例の方からのメールである。時系列からいうとそういうことになる。
つまり法的な手続きを踏んでのことだったら、黒崎の個人情報を流すことについてはやぶさかではない、とあのメールでは宣言していた。
必然的に、あのインタビューは確信をもってなされたものだったのではないかという疑いが出てくる。今流行りの言葉でいうと「共謀」である。
それを否定するには、自らが口を開かねばならない。
何度か会って話し合ったという内容を、少なくとも組織内部には報告しなければならない。当然、当初罵倒したという彼の証言も必要になってくる。彼の身許は確認しているのか。何を話し合ったのだ。そして何故裏をとらなかったのだろう。
なに、裁判とかでなくても組織というのはそういうものです。
厄介じゃありませんか。
posted by 黒崎 at 06:27 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

ブログジャーナリズム

黒崎@ブログジャーナリズム

私がその方に誘われ、会うことにしたのは昨年の5月の末、仕事で上海に飛ぶ手前の頃合だった。場所は虎ノ門のホテル。仕事で、また私用でよく使う酒場を私が選んだ。
同席は鮫島氏。彼は私よりもやや若い。
その人からの依頼内容は、今度出す対談本に参加してくれないかというものだった。

丁度その頃、日経のサイトで元地方紙記者のブログが炎上気味である。
彼が対談に入るのだという。
私は彼の個人ブログの方へは従来より批判的なコメントを書いていたが、日経のブログには一切書き込みをしていなかった。
理由はいくつもあるが、ひとさまの晴れ舞台もしくは飯の種の場所には、まあ遠慮しておくのが仁義だろうか、というような気持があったように覚えている。それは今でもあって、例えば社の看板のかかったところにはよほどのことがない限り邪魔はしないようにしている。
元地方紙記者は、日経のブログでも毎回オクターブ高い世迷言を続けた末、早々と連載は終了した。彼はネットの素人であった。

それはともかく。
私を対談に誘った方が、このままだと今後予定される対談本が、元地方紙記者の独壇場になってしまうと危惧した。文章は安いセオリーでまとめているが、声が大きい。
そこで、私と鮫島氏に入ってもらいたいという。
バランスを取ろうということなのか話題づくりなのか、そのどちらもなのだろう。
始めはフリーメールから。その後実アドレスでのやりとりの後、ではホテルで一度会おうかということになったのである。勿論メールは残っている。

その本の出版元は、元大手新聞社の地方支局長だった方である。
私は面識はないが、自らの資金でジャーナリズムに関わる本を出したいという希望を持っておられることを参加者ではない方、より具体的にはその新聞社の方から聞いた。後日である。ひとりの男としてその気持はよく分かる。成功を祈るところもあった。

一方、先日オウム現役信者のインタビューで、オウムと戦後日本のアジアに対する責任問題を同一視した元日経BPの記者が同席するという。それは元地方紙記者が提案したことで、要は有力ブロガーの列に加わりたいという分かりやすい上昇志向からだったのだろう。
また某メーリングリストで、かねてより飛躍のある論を書き込んでいた汐留界隈の代理店の方も参加する。氏は対談から暫くして組織を離れたというが、さもありなんと感じた覚えがある。
対談の顔ぶれ。
その話を聞いてか聞かずか、私は彼らの前で面を割り、名刺交換することを薄く危険であると感じていた。理由は定かではない。
例えば今日あるようなことをどこかで予想していたのかもしれない。

結果、対談は断ることにした。
ブログのコメント欄、もしくは掲示板での文章のやりとりならば可能であると提案したのだが、日程その他の都合から実現はしなかった。
このテーマは、通常私の仕事には関係がない。
実名ではなく、そこでやりとりをしても日頃の業務に結びついてくることは考えにくい。その本で名前を出して何ほどのことがあるか。
だが、言論とは決してそういうものではないので、また仕事とは複合重層的なものなので、そのことはひとまず置いておいたとしても、やはり彼らに顔を合わせるのはやめておいて正解だったという気がしている。
鮫島氏に「やめたよ」とメールすると「自分もそう感じていた」との返事がきた。

その後、私を誘った方にその本をいただいた。
場所は社の近く、歌舞伎座裏の居酒屋だったと思う。
編集に相当苦労したとあちこちから聞いていたが、これは俺が中心に編集したと公言している若い参加者もいるらしく、出版元のご苦労が偲ばれた。
内容については、あえてコメントを避けることにする。
誰が言ったのか。あいつにまかせておけば出版記念パーティなども企画にしたのに。
という台詞だけが記憶に残っている。


#この物語はフィクションです。
posted by 黒崎 at 03:03 | TrackBack(0) | 夜話 | 更新情報をチェックする

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